2016年9月23日金曜日

ある日のひーちゃん ぷにぷにごつごつ編

皆様こんばんは。

今日は久しぶりにひーちゃんシリーズを書かせていただきます。


タオ家の次女ひーちゃんは現在5歳ですが、いまだに赤子の時と変わらないのではと思うほど、とてもぷにぷにしています。

手と腕、おなか、ほっぺた、ふくらはぎ…
ありとあらゆる部位がぷにぷにしています。

肥満という訳ではありません。
でも、何かの成分によって、彼女のありとあらゆる部位がぷにぷにしていることは紛れもない事実。

なんなんだろう…このぷにぷにの正体というか成分は…


もういっそのこと、

握手会的なものを設けて、全世界の皆さんに次女のぷにぷに具合を披露したいほどです。


さすがに虐待じみてるのでやりませんけど、ぷにぷに具合を共有したくなるほど次女はぷにぷになんですよ…


そして時々、次女はまるで自分のぷにぷに具合を自覚して自慢するかのように、私にくっついてきてはありとあらゆる部位をぷにぷにさせていきます。

例に出すと、抱きついてほっぺたをぷにぷにくっつけてきたり、自分の二の腕を私の腕にぶにぷにくっつけてきたりします。


嗚呼、自分に語彙が足りなくて上手く説明ができないのがもどかしいですが、ほんとにそうとしか言いようがないんです…!

まぁそんな感じで次女のぷにぷにはわりと幸せにしてもらっていたんですが、ちょっと最近様相が変わってきたんですよね…


何が変わってきたかというと、

硬度と激しさと勢いが増して、ゴツゴツしてくるようになってきたんですよ…


顎とか超いたいし。

ぷにぷにしてても骨はわりと硬い。
さすが健康優良5歳児。


そんな感じでぷにぷによりもごつごつ感が増してきた次女に対して私は
「すっかり成長したよなぁ」としみじみするのですが、

最近はすっかりしみじみ通りこして、

「いたい!?マジやめて痛い!!やめろ!!!痛いと言うとろうが!!!」と、
マジギレしております。

大人気ないです。はい。


いやでもほんとに下手したら打撲させられる勢いでごつごつしてくるので、真面目にどう対応するべきか考えてます。

ふつーに、
「No! Stop it!」と言えばちゃんと伝わるんですけどね。

そこまでやるとスキンシップ通りこして痛いんだと、自分のさじ加減と感覚で覚えるためにはやはり繰り返し伝えるしかないか。


長女と三女にもなるべく言葉で伝えるように促してます。

長女はたまにマジギレ&武力制裁する時がありますがw、まぁそれも一つの姉妹間の学びですね。

でもそういえば、ひーちゃん三女にはごつごつしないんですよね。
三女がすぐブチギレるからかもしれないんですが(つよい)、小さい子には激しいスキンシップをしない、彼女なりの計らい?かもしれません。


「実は色々考えてるよねぇ君」と、スヤスヤ寝ている次女のほっぺをぷにぷにする夜でした。

2016年9月19日月曜日

子どもの遊びと教育について真面目に考えてみた

はい、こんにちは。
今日に限らずいつも真面目なタオです。

突然ですが、皆さんのご家庭はネットやゲームに関するルール、どうしてますか?

私自身は長女が生まれた頃は、「どうせいずれハマることになるなら、禁止とかせずにそれなりに寛容に与えていこう」派でした。

私自身は、ファミコンやスーパーファミコンを一通り小学生の頃に網羅し、中学生になる頃には飽きてあまりやらなくなったので、うちの子達も気が済めばそのうち止めるだろう、と。


だけど、子どもが成長するにつれ考え方はだいぶ変わりました。

「幼児期〜小学生期にゲームやネット漬けになるのはヤバい」

いやね、多分少しやるくらいなら全然差し支えないと思うんですよ。
だって大人もやってるのに、なんでダメなの?って話ですよね。

でもね。それが日常的になると、確実に思考力や想像力は育たなくなると感じてます。

うちの子は特に次女だけでなく全員に自閉傾向が見られるので、もうアカンです。
めっちゃ際限なくなる。


なので、2年前からルールを設けました。

「スマホもタブレットも、基本的に私(ママ)のもの。
私が許可した時だけYouTubeを見たりアプリをしてもいい。」

「ただし1日30分以内、それもいつでも許可するとは限らない。
守れなかったら1ヶ月間禁止。」

お子たちにはこのルールを守っていただいてます。

こうでもしないとキリがないのですよね…


でもそれ以来、他の遊びが増えましたし、何より言葉数が格段に増えました!

人間って小さい頃は良くも悪くもやることなすこと何でも吸収するんだなぁと、驚愕します。


しかしこれ、まだマレーシアだから何とかなってる部分が多い気がするんですよね。


日本にいる日本人の、私の子持ちの友人たちの話をたまに聞くと、

「日本での子育て、無理ゲーですやん…」

としか思えないんですよ…!


子育てしてる日本人のあいだでよく聞く問題。

「ゲームの話題についていけないと友達と遊べない」

「プリ●ュアのグッズやお菓子をスーパーに行くたびにねだられる(カードを集めてるとか…)」

「LINEのグループで仲間はずれにされるいじめがある」

とかさ…


先に述べたように、我が家は経済的にも子どもたちの特性的にも子どものおもちゃとかネット環境は制限せざるを得ないんだけど、そうすると日本では普通の人間関係を築くことすら難しくなるらしい。

うーん…


なんだか、幼児期や小学生、中学生という貴重な子どもの時期に、考えることがそればっかりって

あまりにも時間やお金や自分たちのエネルギーがもったいなくないだろうか?


世界にはワクワクすることがたくさんたくさんある。

人は知識や経験をたくさん吸収して、生きていくための知恵を築いていける。

その可能性を制限してしまっているように感じてしまう。


なんだろうな、多分ゲームにしても他のおもちゃにしてもSNSにしても、それ自体が悪いものではないと思うんですよ。

どれもより良く活用できるならそれだけで存在価値がある。

と、思う。
少なくとも私自身はそう考えてます。


多分だけど、

ゲームも他のおもちゃもSNSも、経済の道具になることが目的化しすぎて、本来の価値や面白さが見えにくくなっている

のではないかなぁと。


まぁどこの国でも多かれ少なかれそういう部分でつまづいてますけど、

日本は似非資本主義社会だから、この状態を脱するのは他国より難しいと思います。


それでも、もう少し社会全体で教育についてとか次世代に何を残せるか、真面目に考えるべき時に来ている気がします。

2016年9月16日金曜日

夜遅くに子どもが居酒屋にいることは悪いことなのか考えてみた

私たちがマレーシアに住み始めて2年が経ち、家族で行くお気に入りの場所がたくさんできた。

観光客も多い地域に住んでいるので、ちょっとした良い雰囲気のテラスバーなどがたくさんある。

夜、外食に行った帰りに、その数あるバーの中の一つに寄るときがある。
子どもたちはアイスクリームとジュースを、私は生ビールを頼む。
スタッフが満面の笑みで挨拶し、私たちの席に注文した品を運んでくれる。
お会計は全部で30リンギット(800円くらい)以下。

とてもご機嫌なまま家族でタクシーで帰り、みんなで歯磨きして眠りにつく。

タオ家の月に一度の特別な贅沢である。


私がビール一杯ほどではまったく酔わないのと、治安がかなり良いエリアでしかも知っている顔がたくさん見られるから、安心してこういうことが出来る。

このあたりは22時や23時になってもモールで子ども連れの家族がたくさん歩いている。

それはある意味、社会に対する信頼でもあると感じる。


もし私が日本で同じことをしたらどうだったろう?」と、ふと考えた。

「子どもを1人で夜連れ歩くなんて」は言われただろう。
「しかもお酒を飲むなんて」も言われそう。
「貧困とか言ってるのに贅沢してる」もありそうだな。

ましてやここマレーシアでの行動となったら、
「外国でそういうことするなんて不用心!なんかあった時に責任取れるの?」

これも言われそうだ。
これは近所のマレーシア人のおばちゃんにも言われそうだが…
まぁおばちゃんは私の母親的立ち位置なので別にいいw


さて。

紹介はしないけど、今日Twitterであるツイートを見かけたことがきっかけで、私はこの記事を書くに至った。


「夜22時の居酒屋で子連れの母親に喫煙を注意された」というような内容のツイートだった。

万単位でリツイートされていた。

それに加えて、

「夜22時に子どもを連れて飲み歩いてる方がおかしい」
「居酒屋なのに喫煙者を注意する方がおかしい」

そういったリプライ(エアリプ含め)が多数ついていた。


まあほぼ全部正論だなぁと思った。

私は昔居酒屋で働いていたこともあり、「うん、居酒屋で喫煙を注意されるとはまさか夢にも思わなかったでしょうね」とも思った。


なんだけど…

本題からそれるんだけど、

「日本とマレーシアの状況、社会としてどっちが私にとって居心地がいいかといったらマレーシアの方だなぁ…」


そんな確信が、私の中でますます強まった。


前述の通り、このあたりでは22時過ぎても家族連れがショッピングモールなどをよく歩いている。

家族規範が強いこともあり、母親と子どもだけで夜行動するということも滅多にない。
(パッと見回してもうちくらい)
あったとしても、親戚や友人たちと大勢で食事に行っている。

そして「子どもが行けないような飲食店」があまりない。
あるとしたら、ナイトクラブとかホテルのバーくらいだと思う。


何が言いたいかというと。

先のツイートのような居酒屋で22時過ぎて子どもを連れた母親が〜みたいなこと、そもそもこちらでは起こりようがないのだ。


そもそも誰も隣のテーブルのことにいちいち目くじら立てない。
他人の子どもが何時にどこにいようといちいち咎めたりしない。
喫煙者にもいちいち注意したりすることもない。(そもそも屋内の飲食店では喫煙しないし、灰皿を置いてある飲食店は屋外かバーくらい)


なんて快適なんだ!

男女も老若もなく、みんながいるのが「普通」の社会。
誰もいちいち干渉したりしない。

(宗教的な規範からどの民族がどの店に行きやすいとかはあるけど)


「子どもが街中にいることが普通」な社会が、こんなに健全で暮らしやすいとは日本にいた時私は気がつかなかった。

だからこそ、私は子どもをここで育てたいと思うのだ。


勿論、子どものうちに夜更かしが習慣付くのは良いことではないと思うけど。

「いちいちあれがダメこれもダメと言い合ってる日本語社会、全然ハッピーじゃないし、可能性をまったく感じないな…」

ということを悲しみとともに改めて思った。


日本がどう変化していくのが良いかなんて、今更私には皆目見当がつかないけど

「もー少し余分なルールを取っ払った方が幸せにやっていける人が増える気がするなぁ」
とは思ったりする。

2016年9月13日火曜日

自閉症児ひーちゃんをマレーシア人はどう見ているか

人目をとっても気にする日本人。
実際、私自身もかなりの気にしいです。

日本にいる時私は、ひーちゃんの一挙一動人からどういう風に見られるだろうかと、正直かなり気にしていました。

スーパーやショッピングモールで、急に走り出したりジャンプしたりぐるぐる回ったりするたびに、大げさでなく私は気が狂いそうでしたね。

「うわあー!!ひーちゃんやめてーっ!」
…などと叫びそうになったことは星の数ほど…

なんか今となっては懐かしいですよ。


さてさて、マレーシアに来てから、そういった私の「人目が気になる」症候群は劇的に改善されました。

多分ですがマレーシア人の、

「他民族には干渉しない」
「子どもにはみんなで温かい眼差しを注ぐ」

スタンスに大いに救われているんだろうなぁと感じます。


同じコンドミニアムの中華系のおばちゃんなんかはけっこうグイグイきてくれますけどw、それでも不快にならない程度の心地よいあったかい距離感です。

次女が走り回っていても温かく見守りつつ、おやつくれつつw、ダメなことをしようとした時は叱ってくれたりする。

ほんと感謝としか言いようがないです。


そして日本に住んでいた頃は、外出する時かなり緊張してたんですけど、今はかなりテキトーです。

テキトーすぎて自分でもどうかと思うくらい…

勿論最低限のルールやモラルは守ってますけど、この上なくリラックスして外を闊歩しています。


次女はぱっと見であまり自閉症児だと分からないみたいなんですが(マレーシア人の友人知人いわく)、自閉症児と知ってる人たちも良い感じに「ほっておいてくれる」のが、私にはとても心地よく感じられます。

でも必要な情報とか助けはさりげなーくくれたりする。

すごいなぁ、私もその能力ほしい。
なんて思いますねw


在住の日本人の友人もみんな、すごくフラットに次女に接してくれてるし…

しつこいくらい言うんですけど、なんかやっぱりここに来てよかったな、幸せだなとよく思います。


勿論のこと、ここマレーシアでも自閉症スペクトラムの診断を受けている人は老若男女いらっしゃいます。

自閉症児を持つマレーシア人の親御さんたちもやはり私と同じように悩んでいますし、子どもの将来を不安に思っています。

だけど、マレーシア人は家族親戚地域のコミュニティで助けあって何とかしていくんじゃないかな、という気がしてます。


例えば、自閉症でなくても、日本とマレーシアでも何らかの特性や障碍を持つ人の社会の位置づけ(弱者とされていること)自体はそんなに変わらないんですが、そもそも社会のあり方や前提が違うんですね。

例えば日本で言う「一般」というようなぼんやりした概念は、マレーシアにはありません。

また、特性や障碍をもった人たちを社会から排除するのではなく、「誰かのサポートが必要な存在」であり「当たり前に『いる』存在」という認識を、心の片隅にたくさんの人がもっています。

変に美化する訳ではないのですが、どういうことを「そういうもの」だと人々が認めているかで、社会のあり方は大きく変わってくると思うのです。


正直に言いますと、私は日本で次女を育てている時に感じていたことは、

【何かしらの特性をもっている=社会では邪魔になる、特化した能力がある人のみ認められる】

そんなプレッシャーでした。

そして自分も、そういう価値観を内面化していました。


日本人全員がそう思っている訳ではないことは勿論承知の上ですが、実際の私の生活は毎日そんなプレッシャーにさらされていました。

少しずつ神経がすり減っていき、本当に気が狂いそうでした。


それが劇的に楽になったのは、多様性を受容して絶妙なバランスで色々な人たちが共に生きるマレーシアで暮らしているからです。

それはまぎれもない事実であり、やっぱり色々な人がいる社会の方が住みやすいなと改めてそう思います。



【追記】

日本でも自閉症児のサポートや療育など手厚い地域はあるようですね。

今の私がまだまだ情報不足なため、何も情報提供はできませんが…
この場でも、色々共有していけたらいいなと思っています。

2016年9月6日火曜日

このブログのコンセプトについて考え直してみた【ゆるく募集】

突然なんですが、私がこのブログを始めた頃、

「何の変哲もない、むしろ底辺層とされる平凡なシングルマザーが、ふつーの自閉症の子どもを、マレーシアで育ててるとこんな感じで〜す」

…みたいな実録日記を書いていくコンセプトでいこうと思ってたんですよね。


身近な感じがした方が親しみやすく感じてもらえそうだし、そのまんまうちの日常を書いてしまえ。と。


しかしだ。

自閉症の子ども と シングルマザー。
(しかも母親はTwitterで好き勝手言ってる自称アーティスト(うさん臭い))

そのこと自体がすでに「変わってる一家」枠に入ってしまってることに、ついこの間ある人の指摘によって気がつきました。


自分の思ってたんと違った!!!

そうか、平凡枠からはすでに外れてしまってるのか!!!

だから平凡な日常をアピールしてもいまいち面白くないのかーーー!!!


自分のことって、客観視出来ないものだな…としみじみ再確認しましたね。

自称アーティストがうさん臭いのは自覚できるのになw


ということで、今後も変わらず、非日常っぽい我が家の日常ネタを開き直って投下して行こうと思います。


そこで。

いつも読んでくださってる皆さんに、「自閉症の子どもについてこんなことを知りたいよ」とか、「海外(マレーシア)生活でこういうことを教えてほしい」とか、そういうのがあったら聞かせてもらいたいなぁと思った次第です。

リクエストをコメント欄に残していってもらえたら喜びます。

すべてに応えられないかもですが…なるべく書き応えるつもりです!


2016年の9月いっぱいまでは受けつけさせていただきますので、どうぞお聞かせください♡

よろしくお願いしま〜す!

2016年9月5日月曜日

ある日のひーちゃん おむつ脱ぎたがる編

すでに5歳となった我が家の次女ひーちゃん。

彼女、実はまだおむつです…

排泄する感覚はわかるみたいで、3〜4歳くらいの時は「出る!」という時に泣いてました。
もしくは事後wにクレーン行動(私の腕を引っ張って自分のしてほしいことを伝えようとする行為)で呼んでくれたりしてました。

「あの時期にトイレトレーニング頑張っておけばよかった…」と、後悔するばかりのタオです。


しかし、最近!

ひーちゃん、少しおしっこが出たりした時に自分でおむつを脱ぐようになったのです!

やったーーー!\(^o^)/


これはおむつはずしのチャンス到来か!?と思いきや…

脱いだら脱ぎっぱなしで、トイレで出すという習慣には馴染まないんですよ〜…


お陰さまで、おむつがなくなるわなくなるわ…

ひーちゃん、マレーシアもあまりおむつ安くないねんで!?( ;  ; )

ちなみにXLサイズ28枚でRM34くらい(今のレートで900円くらい)です。
1週間もちません。うう。


まぁしかしせっかくなので、これを機に再びサボりすぎた次女のトイレトレーニングを始めてみようかなと思ってます。

我が家はタイル床なので失敗しても掃除がしやすいのはいいし、シャワートイレしかないのでやりやすいんですけども。

恐らくものにするまでかなり根気がいるよなぁと。
なかなか長い道のりになりそーだなと、母ちゃん今からビビってます〜


でもまぁ、小学生になるくらいにおむつとれたらいいかな、みたいな気持ちもあり。
あまりそのへん気負ってません。


また経過報告しますね〜
1年後くらいに完璧にトイレ習慣が身についたら褒めてくださいw

幼児用おむつでなく、介護用おむつを使わないといけない年齢に差し掛かってきたら、さすがにもう少し考えます…

2016年9月1日木曜日

日本という文化圏の中で自閉症児を育てること

こんばんは、タオです。

世の中には「自閉症の子どもというものはこういうものだ」という情報は山ほどありますすが、一口に自閉症(スペクトラム)と診断されても、それはもう色々な特性があります。

使い古された言葉ですが、本当に「個人によります」よね。
何に興味をもち、どんな環境にいると落ち着き、何を恐れるのかは、全然その子によって違う。
私もすべての自閉症児を見た訳ではないけど、千差万別だなと感じてます。


数年前の私は、自閉症の子どもは知らない環境に怯える性質があり、自宅など知っている空間にいた方が落ち着くものだと思いこんでいましたが、そうでない自閉症の子どももいるのだということを実体験から知りました。


以下は我が家の次女ひーちゃんの、現在見られる特性です。

日本語として意味を持つ言葉を今は話していませんが、クレーン行動(何かしてほしいことがある時、口頭で伝えず大人の手を引っ張ってつれていき、目的のものの前で手を離す行動)で伝えようとします。

人懐こい性格で、わりと積極的な時もあります。
(様子を伺いつつ、「いける!」と思ったらどんどん行く積極的なタイプ)

彼女は大人(私)が何か制止しない限りは、何でもどんどん自分でやっていきたいのだなぁと最近よく思います。
そりゃまぁそうだよね。すまん、つい「ダメ!」って言っちゃうね…


そして最近の彼女は身体の成長と共に体力がますます有り余っており、知恵も働くようになりました…

一瞬目を離した隙に、高いところに置いてあったはずの生米や野菜やココアを食べ散らかしたり、はさみやドライバーを取り出して遊んだり、細い玄関の柵と水道管に登ったりなど…

彼女が3歳くらいの時はまだ対応・対策できていたことが、もう追いつかなくなってきています/(^o^)\


親の私の方がアップデート追いついてません!

「ここまで野生化した次女を家に置いとく方が無茶なんだな!うん!」
と、やっと悟りました…

なので最近は毎日プールに連れて行ったり、外で走らせています。

やはり五感をフル活用して体力使うと寝つきも少し早くなります。

その代わり、寝る前の暴れ方が半端ないですが…


 2、3歳くらいの頃はよく脱走したり、手をつなごうとするとすり抜けたり、 私の近くに居させるのが難しいというか無理なひーちゃんでしたが、いつの間にか一応私が目に見える範囲に留まるようにしていたり、呼んだら反応してこちらに来るようになりました。

(昔は呼んでも反応しなかったので、耳が聞こえないのではと推測した時期がありました。)

プールの周りに佇んでいても「ここは深いな」と自分で判断して入らない選択を自らしています。すげえ。


そういう感じで、現在はある程度自由に遊ばせていてもあまり心配しないで済んでいますが、それはおそらく、ひーちゃんが生まれ持ったほとんど本能的な危機管理能力によるものだなと思いました。

「彼女は自分で判断できることは私が下手に口を挟んだり行動を制止したりしなくてもいいな」と思えるようになりました。
しかし、やはり心配から私が過剰に手を出してしまう時はありますが。

少しずつ、何かしら母子ともに成長している…といいな。


しかし私はまだ周りへの謝り癖が抜けません…

次女のことで周りにすぐ先回りして謝ろうとしてしまいます。何に謝ってるんだ?と自分で可笑しく思う時すらあります。
誰にとってもあんまり良くないなぁ、こういうの。

ここは自分でも直していきたいというか、違うアプローチを考えたいです。


次に、周囲の反応について書きたいのですが、

医師や自閉症について知識のある方は「こうした方が良い」 といったアドバイスを色々とくれます。

私自身も様々な方に具体的な行動や療育についてアドバイスを受けてきました。


自分だけで悶々と悩んで煮詰まっているときは見えなかったものが見えたり、ピンとくる閃きを得られる時って、たいていは人にきちんと相談して頭の中を整理した時なんですよね。


自閉症児を養育している親御さんだけでなく、自閉症児を養育していない親御さんもそうだと思いますが、苦しい時ほど自分たちだけで解決しようと頑張る根性論はなるべく手放した方がいいのかもしれません。(めちゃくちゃ難しいけど)

誰しも全知全能の神ではないですし、親のキャパにも知識にも労力にもすべて限界があります。

周りの温かさや知識を受け取ったり甘えさせてもらったりすることも、時として必要だと思います。


しかしながら…(以下、愚痴が続きますので、苦手な方はそっ閉じしてください。。)

正直言って、周りのアドバイスをすべて鵜呑みにしてたらキリがないというか、

「そんなの、ワタシ死んじゃうよ!」と思うときがあります。いやまじで。


時々ですが、親を一方的に追い詰めるような心ないことをサラッと言っちゃう人も、悲しいけれどわりといるのが現実です。


私自身、
「タオさんが子どもを自閉症にした」
「子どもに満足な療育もできてないのに仕事なんかしてる場合か?」

など、色々と言われました。
かなり深く傷つきましたし、間に受けて自分を責めることもありました。


でも、よく考えてみたら、

母親を追い詰めるような言葉を投げかけてくる人が、何かしら心配してくれてるはずの自閉症の子どもに直接コミットしてたり、私を日常的に手助けしてくれてるかと言うと…

「いやいや、何にもしてない。
つきっきりでこの子の世話してるのは私。
外から見てるだけのあなたに何が分かるのか?」

と思うのですよ…


しかも、わりと身近な人がそれを言ってくる訳なんですが、今にして思うと、普通に差別的で酷い言葉だなと思います。

それ以来私は、人を追い詰める言葉を投げかけてくる人の、アドバイスという名の誹謗中傷を間に受けるのを一切合切止めました。

誰の何の糧にもならないし、はっきり言って落ち込む時間が勿体ない。

 「心配を装って何か余計なこと言ってくるくらいならお金をください!!」と、今では心底思いますね( ◠‿◠ )
ドラマ「家なき子」のすずちゃんを思い出します。なつかしい。


自閉症について多少の知識がある人より小児科医 より、たいていの場合、自閉症の子どもと一番多く時を過ごしてコミュニケーションしているのは親ですからね。

時間もお金も、眼差しも気力も一番注いでいるし、手もかけてますし、何より行動しています。

ある意味では親が、その子どもにとって一番博識な「専門家」たり得ると思っています。

(もちろん例外も多々ありますし、近くにいるからこそ気づきにくいこともありますが…)


どんな膨大な情報や知識よりも、子どもたちが今と未来をどうしていったらいいか、その答えを一緒に見つけていけるのは一番身近でサポートしている人たち。多くの場合は家族。

…なんじゃないかなぁと、私は思います。
それを見つけるのはもちろん子ども自身ですが。
(家族がそれを出来るとも限りませんし。)


とは言え、難しいことがあまりに多いですよね。

これまで私も何度も言ってますが、自閉症スペクトラムと言っても本当に色々な特性がありますし、日常生活がままならないほどの重い特性を持っている人も少なくないです。

こういう記事を私が書くことで、親御さんたちを逆に追い詰めることがないようにと、それだけは心から願います。


私もそうですが、自閉症児を抱えておられるご家庭は少なからず、多大な未来への不安を抱えて生きています。

だからこそ、みんなで「自分はこうしたいんだ!」を大切にしていけたらいいなと思います。

自閉症児だって、その家族だって、Going My Wayでいこうぜ。
いや、誰もがそうあれたらいいよね。



また長々と取り留めのない内容になりましたが、今日はこのへんで!

2016年8月31日水曜日

海外在住経験なしの貧困シングルマザーがマレーシア暮らしをしてみた結果2016年

Twitterでフォローして下さってる方の中には私が現在マレーシアで暮らしていることをご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、
よく聞かれるのは、「なぜ海外に?」「というかなぜマレーシア?」ということです。

今日はそれをテーマに記事を書きます。


まず語学問題から話しますが。
私の英語の基礎会話力は中学生のときに通っていた女子校で少し頑張っていた程度のレベルで止まっており、バイリンガルなどと、とても言えるようなレベルではありません。
英語以外の言語は特にそうです。

アメリカ、イギリスの映画や音楽は昔から好きでした。
高校の修学旅行が人生初の海外渡航となりました。(※特にお金持ちではない公立校です)
20代の頃、ご縁があって韓国との交流の一環でホームステイをしたり…

そんな感じでまったく海外情報や体験がなかった訳ではないのですが、私自身はまさか自分が海外旅行のみならず主体的に海外移住をするなんて夢にも思っていませんでした。
そもそも最初から選択肢として考えていませんでした。

自分でもなんでだろう?とは思います。
海外のことに目を向ける機会は多々あったのに。


その理由を改めて考えてみたのですが、

「ワーキングプア時代が長かったから」
という理由が一番大きい気がします。

そう、貧困…!

外に目を向けるほどの余裕が、私には20年以上まったくなかったのです。

生家では三食食べて健康で文化的な暮らしを送らせてもらっていましたが、社会人になってからは体調不良などで数日休んだらすぐ生活が回らなくなってましたし、実家の破産などの余波でギリギリの暮らしをするしかなく、若い頃の私は早い段階で貧困状態(広義の)に陥っていたと今ならわかります。

貧困状態に陥れば陥るほど、人はありとあらゆる視野が狭まっていくということを若い時分に身をもって体感できたのですが、経済を始めありとあらゆる余裕がないことは実は今も昔もあまり変わってません。

ですが、インターネットの使い方を覚えたことで、そんな私をとりまく世界がかなり変わりました。

「世界は、自分が思っているよりもずっと広いんだ」

そういうことに気づかせてくれました。

 インターネットには逆の危険性(画面の文字列や画像の情報にだけ囚われて、自分自身のことや周りが見えなくなる)も大いにありますが、インターネットが普及していなかったら、おそらく私は海外暮らしなんて考えもしていなかったはずです。

移住計画の最初の一段階目も、ネット経由で現地を知る人から情報をいただいたことでした。

ただ当然の話として、それだけでなく実際にその土地を歩いてみて、自分の目で見て聞いて感じて判断して、決断しないと何も始まらないので、ネットでの話はあくまで第一歩目のツールとしておくのがちょうどいいです。(私のこのブログも)


そして、私が海外移住を考えるようになった二つ目のきっかけですが、
間違いなく「福島第一原発事故」です。

あれは本当に、私だけでなく、多くの日本に住む人々の人生を大きく変えた出来事だったように思います。

原発事故当時は本当に、ありとあらゆる文献と情報を読みあさりました。
乳幼児を抱えながらのことでしたし、もうあんな思いと経験をするのはごめんですが、自分自身の本質と、日本社会のありとあらゆる問題を浮き彫りにした象徴的な出来事だったと思います。

今は原発事故だけではなく、「生活」と「子どもの教育」理由の方が大きいかもしれません。

日本で発達障害のある子どもを抱えてシングルマザーをやっていくのは、経済的にも教育的にも、私の体力的にも資質的にも、全てにおいて困難です。

ただでさえシングルマザーの貧困は「自己責任」というような論調がまかり通ってきていますし、民間レベルでもそういう意識が根強くあると感じています。


もちろん日本には色々な公助もありますし(根強く窓口で働きかければ)、ご家族の援助も受けられる方なら全然生きていけるとは思うんですが、特段助けも望めないような状況が続く中、3人子持ちの我が家はちょっと無理だなと…
私も専業主婦になって数年たち、フルタイムで働くにもブランクがありすぎました。


そんな状況の我が家でしたが、マレーシアに来てからは、
「ここはなんて快適で無理をしない生活を送れるんだろう…!」と感動し通しでした。

私自身はしがないフリーランスで、正直、今も大して稼げてはいないです。
子育ての大変さも、子どもが大きくなるにつれ、日本を出る前よりもさらにハードルが上がっている気がします。

それなのになぜ?そんなにちがうんだろう?と考えてみたんですが、

それは、やはり「生活のしやすさ」と、マレーシア人(マレー系中華系インド系ルーツを問わず)が持つ「子どもに大らかな国民性」にあるのかなと思います。


ひとつ参考までに、マレーシアでの我が家の暮らしにかかる生活費を公開します。

(※2016年8月現在のレートです)
家賃25,000円(プールつき3LDK(家具なし))
電気水道代ガス約1,000〜2,000円
食費約30,000円
ガソリン代5,000円
ネット+携帯電話代7,000円

節約して住もうと思えば月100,000円以内の生活費で居住可能です。(2024年追記: 当時に比べて日本円安マレーシアリンギット高のため、かなり生活費も上がっています。)
勿論、教育費や他のお金、貯金や渡航費なども必要になりますし、実際はもっとかかってますが…
あと、円高もいつ終焉を迎えてもおかしくないですしね。(2024年追記: 円安すぎて泣いています。)

でも月100,000円でわりと快適な暮らしが出来てしまうのは本当に最高ですし助かります。
日本で同じことをしようと思ったら、おそらくこの3倍はかかると思いますので…


日本では「お金がある人でないと海外移住なんて出来ない」と考えられていたと思うのですが、
マレーシア含むアジアに焦点をあてるなら、むしろ日本で貧困に喘いでいる人ほど海外で働いた方がいいのではと私は思っています。(これは2024年現在もそう思ってます。)

海外経験がないからといって、関心があるのに及び腰になってしまうのは勿体ない!です。


ただ、自分の中で現地での確かな目的意識ややりたいことがはっきりしていないと、せっかく出てきても「海外移住うつ」状態になってしまうかもしれませんので、万人にお勧めは出来ないのですが…

あと、アジアでの「安さ」のみを目当てに滞在してきた日本人の方から、必ずと言っていいほどマレーシアでの愚痴や文句ばかりが出てきてしまうという悲しい現実もあります。

その土地での目的やローカルの人たちとコミットしようとする意識を持っていないと、けっこう陥りがちかもしれません。

それもまた勿体ないことだと私は思います。


話は変わりますが、私が「マレーシアいいな」と思うもう一つの理由は子どもに大らかなところ」なんですが、それはよくも悪くも、家族や地域間の助けあいで社会が成り立っているという証拠でもあると思います。
大人や年齢の大きい少年少女、みんなで子どもを育てている雰囲気がとてもいい感じなんです。


そして、民族の多様性。

最初から異文化が当たり前に身近に存在する環境が、これからの未来を生きる子どもにとって、どれほど糧になるかを実感しています。

勿論、多様性の裏面はきれいごとでは済まない部分もありますが、それもまたよし…


日本だけの独自ルールで日本人が生きてきたこと。
自分に実は選択肢があるということ。

それを日本人がそれぞれの経験の中で知るだけで、未来はもっともっと広く拓けるのではないでしょうか。

私はこれまでも今もそう信じています。


今後も色々と綴っていこうと思ってます( ´ ▽ ` )ノ

本日も読んでくださってありがとうございました!

2016年8月28日日曜日

タイにいる間に色々と考えたこと。

こんにちは。

なんだかすっかりタイ旅行から戻って落ち着き、元どおりの暮らしをしています。
タオです。

次女のお腹の調子が悪いこともあり超まったり日程のバンコク旅行でしたが、私的には色々とリセットできてよかったです。

長女と三女もタイが好きで、もうホテルで寝て起きてご飯を食べるだけで楽しかったようですw
年の近いお友達とも遊んでもらえて嬉しかったらしいです。

よかよか。ありがたや。


タイ人はマイペースで優しい感じの人が多く、子どもにも優しい大人が多いイメージなんですが、実際バンコクでもそういう雰囲気を感じました。
とても過ごしやすかったです。

そしてタイバーツの貨幣感覚が身についてきた頃にタイを去らないといけない切なさよ…

次行くなら、もう少しタイ語をマスターしていかないとなぁと思いました。
発音とか聞き慣れていないので何もわからぬ…
付け焼き刃のタイ語はあっさり撃沈しました。

数字とかも覚えたのにいざという時にまったく出てこず…

「サワディーカー」
「コップンカー」

くらいですね、まともに出てきたのは。

まぁ、次回の上達に期待かな!(他人事)

今度は一度チェンマイに行ってみたいな〜


しかしまぁ、タイ在住の日本人の皆さんにも色々話を聞いて思ったんですが、どこの国もまぁ色々ありますよね。

タイ然り、マレーシア然り。
もちろん日本も言わずもがな。


なんだかずっと、世界全体が揺れている感じがしてます。

熾烈な奪い合いが始まってしまうのではないか。
そんな恐れを私は抱いています。


そういうピリピリしてる時ほど、男性は戦い守ることを求められ、女性差別が激しくなる風潮にある気がします。

そして、子どもがたくさん犠牲になる。

東日本大震災や熊本大分大震災でも感じていたことですが。


ほんと、色々考えないといけないなぁ

よくボケボケしてるように見られますけど、私には悠長にしてる時間はあまりないです。

なぜなら、こういう時に真っ先に潰され排除されるのは、私たちのような後ろ盾がない者だから。


まぁみんな、よりよく生きて、よりよく死ねるように、頑張ろうぜ!

と思います。

自閉症児ひーちゃん2016

今日は我が家の次女、自閉症児のひーちゃんとの暮らしでどういうことがあるのかを記事に書いてみようと思います。

一口に自閉症といってもその特性は個人個人によって異なります。
一概に「自閉症とはこういうもの」という定義は広義すぎてできないのです。

そういった前提になりますが、「うちの子はこんな感じ」という特徴や今までの行動パターンを上げてみます。

◆周りの言葉の模倣をしないことが多い。音だけを口から発している感じ。定型の(日本語や英語の)意味のある言語を発することがほぼない。
◆夜遅くまで起きている、または早い時間に寝ても深夜に起きてしまう。
◆いったん火がつくとものすごく大きな声で泣き叫び続けるが、新しい興味の対象を見つけるとピタッと泣き止む。かと思うと急にケラケラと笑いだす。
◆食事は手づかみ。スプーンなどを使えないわけでないが、手の方が本人は使いやすいよう。
◆自他の境界線があまりない。「これは自分のもの、あれは他人のもの」という認識がなく、目についたら人のお皿によそってある食事を食べようとしたりする。
◆私の鞄の中身をあさり中身を出す。財布やパスポートの形が気に入ったのか、私が大事にしているものと認識してるのか、それで遊びたがる(!)ことも…
◆歯磨きを全力で拒否する。 
◆シャンプーや洗剤を床にぶちまけて遊ぶ。(悪気なし)
◆絵本をかじる。
◆生卵やはちみつ、砂糖、塩、米、味噌などを気の赴くままに舐め、床にぶちまけて放置する。(私が叱るといったん止めるが、何度でもやる)
◆鉛筆をかじる。消しゴムやクレヨンをかじったことも。便から出てきたので様子見ですがまだ心配です…「マズい」と思って吐き出したりしません。
◆ベランダからおもちゃなどものを落として遊ぶことにハマって、一時期本気でノイローゼになりかけたことがある(私が)
◆たたんだ洋服類を棚からすべて投げ落とす。
◆靴下を濡らし、振り回して床を水浸しにする遊びにハマる。
◆冷蔵庫を開けっぱなしにしたがる。(ストッパーをとりつける→壊す…現在に至ります)
◆ペットボトルを潰したものを上下運動させてベコベコと音を出す(これがものすごいうるさい)
◆トイレでトイレットペーパーをすべて水に浸す遊びをして、水道管を詰まらせる。

…書きだして頭が痛くなってきました_| ̄|○


正直言って、次女との生活はけっこうストレスがたまる時もあります。

例えば、彼女が好ましくないことをして、私が叱ってもいったん止めはしますが、一度興味の対象として固定された物や行為に執着します。例え何回叱られようとも。

また、触らないでほしいものはすべて高いところにおくかストッパーをつけたりして対策はしますが、次女も次女でまた進化しており、椅子を使って登って取ったり、ストッパーを破壊したりするなど、5歳児らしい対抗策を披露してくれます(泣)。

お母さん、手に負えないわ…_| ̄|○
でも多分、これからもっと手に負えなくなっていくと思います。
はあー…

こういう時につくづく思うのは、「自閉症の子どもは、自然の中で思いきり遊ばせる時間をたくさん作った方がより健全育つ気がする」ということです。
(自閉症児に限らず、子どもは誰しも自然にたくさん触れた方が、感性や感覚が豊かになるとは思ってます。(あくまで持論です))

部屋の中で決まったパターンの遊びをし続けるのも一つの過ごし方で、それも彼女も落ち着いて過ごせるのですが、それだけだとなかなか自分で出来ることが増えていかないのかもしれないと思ったり。

命を失うレベルの危険な行為をしたり明らかに他人に害が及ぶようなことは制止しますが、それ以外は彼女がどういう行動に出るか見守るくらいが、今はちょうど良いと感じています。


2016年8月20日土曜日

ある日のひーちゃん タイランド編

はい、すでに過去系になってますが、
タオ家、タイに行ってきました。

全員初めてのバンコクでございます。


飛行機搭乗も全員慣れたもので、もうすっかりプロフェッショナルです。

チェックインからイミグレーション通過し、ボーディングタイムを経て、飛行機搭乗。
席のメニューを開くところまでがワンセットw

次女ひーちゃんもプロセスをよく把握していて、窓辺の景色を見るために窓側席を確保します。

さーさーご機嫌ジャーニーの始まりだよ〜
ここまでくるのに母子ともに頑張ったな〜

なんてわくわくしていたのもつかの間…


ホテルに着いてびっくり。

「ひっ ひーちゃん、超お腹くだしてますやん!?」


結局何が原因がわからなかったんですが、昼に食べたパンか、空港で食べた食べ物が良くなかったのか…?


初日からそんな感じで、1週間ほど次女はお腹の不調に悩まされることになります。
自動的に私もホテルに缶詰め…(^_^;)

振り返ってみても、ホテルの中で過ごした記憶がほとんどでした。しょんぼり


長女と三女は現地のお友達が連れ出してくれたり遊んでもらえたので、何とか思い出もできたかな。

色々とアテンドして遊んでくださったAさんご一家始め、タイの皆様、この場をお借りしてありがとうございました!


そんなこんなで1週間ほど寝込んでいたひーちゃんですが、なかなかの賢者でした。

私が教えたわけでもないのに、下手に遊び動かず、じっと丸まり眠り、何か食べるのは最低限にして、水を飲み、塩を舐め(歯磨きなどに使う用に持参してるのです)…


君、わかってるね!?

と、母は感心しました。
びっくり。

せっかくのタイ旅行中に美味しいものを堪能できないのは可哀想でしたが、ナチュラルに自己管理できてる次女はすごいなと思いました。


いや〜 しかしすごい数のオムツがすごい勢いでなくなっていきましたね…はは…

何十回換えたっけ、覚えてないくらい。


そして実はタイの病院に一度行こうとしたんですが、ものすごい高級ホテルのような佇まいの病院でしてね…

「保険使えるけど、お会計は立て替えてもらわんとアカンでー」
と会計係に言われて(もちろん英語でw)、どんだけ高額になるのかとビビって結局受診させずに戻ってきてしまったんですが(おい)。

まぁ出来れば病院行きたくない派なのでね…

お腹壊した時は、無理に症状を止めるよりはひたすら水分とって毒を出した方がいいですしね。

なんとか次女が自力で回復できてよかった。

白湯と果物と塩で乗りきりました。ポテトも食べてたな。


…しかーし、その後は三女と私がダウンしました。

かなしい!/(^o^)\


むしろホテル滞在でよかったかもしれません。

毎日部屋をきれいにしてくれるし、ルームサービスも頼めるし。


それにしてもタイはとてもご飯が美味しいし安いし、そこに暮らす人たちものんびりテキトーで優しいし、人気あるの分かるなぁと思いました。

自分のタイ語の話せなさがもどかしかったですね。

次は料理の注文くらいはできるようになりたひ。


次の回ではタイで感じたことを徒然綴りたいと思います。

2016年8月17日水曜日

自閉症スペクトラムの子のマレーシア滞在VISAと教育について2016

どうもこんばんは。久しぶりの更新です。

今現在マレーシアにて住まわれている方は肌身で感じておられるようですが、マレーシアも年々ビザ申請の条件が厳しくなってきていますね。

その中の顕著な表れとして、6歳未満の外国人の子どもは、インターナショナルスクールの幼稚園に通っていてもStudent VISAが出なくなってます。(2016年8月現在)

ですので、6歳未満の子どもを連れてマレーシアに滞在できる方法というと、

1.マレーシアにある企業から就労ビザ(Employment Pass)が出ている親の付帯ビザ(Dependent Pass)で滞在する
2.MM2H(マレーシアマイセカンドホームプログラムというロングステイビザ。10年滞在できます。永住権とは違います。)

この二つが主な方法となっています。
いまや一般庶民にとってハードルはそんなに低くないです。マレーシアに住み続けようと思ったらですが。


とはいえ、選ばなければKL近辺にはまだまだ仕事がたくさんあります!ジョホールバルなどにも。

子どもと一緒にマレーシアに来たい方は、何だかんだまず現地の就職先を探してみるのが一番無難だし近道だと思いますね。

Twitterにもちらほら書いてますが、私自身もマレーシアにて休職中です。


しかーし。

我が家の次女、自閉症児ひーちゃんはほどなく6歳になるのですが、Student Passを出してくれるようなインターナショナルスクールで、自閉症児を受け入れてくれるところってなかなかないんですよね。
自閉症児を受け入れ可能なローカルスクールも、年々外国人が入学できなくなってきています。
というか、実質、不可能?

だからという訳ではないんですが、今のところ私は次女を発達障害の専門のサービスセンターにまず定期的に通わせたいと思ってまして、最初から学校教育でないとダメだとは考えていません。
そして療育も英語で受けたい。

何より、本人のペースをなるべく尊重したいです。

受け入れてくれる学校があるなら喜んで通わせると思いますが、次女にどうしても学校教育が合わなければホームスクーリングもありかなと思っています。

彼女が何に興味を示すか、何が向いてるのかは、色々と取り組んでみないと分からないですけどね。


で、そういうことを考えるとですねー
これは次女の問題よりも私の問題なんですが、

「私、フルタイムで働くと子どものことで色々と臨機応変に動けなくなるんじゃないのか…?」

という心配はちょっとありますね。


まぁ我が家はあまり悠長なことも言ってられないので、就活コースで滞在ビザ問題をまず解消する方向性です。

マレーシアは近所の人だったり家事育児で手を貸してくれる方が近くにいるのがありがたい。
日本だったらこうはいかなかっただろうなと…


ちなみに幼稚園で自閉症児への対応可能なところはマレーシアにもちらほらあります。

療育をきっちりこなす雰囲気のところは少ないかもですね。
いずれにしても、まずは園の先生に相談してみることが先決です。
たとえ受け入れ不可能でも、他の園やサービスセンターを紹介してくれたりしますので。


ただ、それなりにちゃんと見ててくれるところはやはり大人気なので、ウェイティング問題があります。

マレーシアでも待機児童問題かよ!ってなもんですが、入園希望は早めに出しておきましょう。

2016年8月6日土曜日

広島への原爆投下の日に思うこと

こんにちは。久々の更新です。

毎年やってくるこの日。
71年前の広島に人類史上初の原子爆弾が落とされた日に寄せて、今日は思うところを書いてみたいと思います。

私は10年ほど前になりますが、毎年8月6日の日に合わせて広島市で行われる平和式典に参加していた時期があります。
私はキリスト教信者の家に生まれたのでその流れでご縁があったのですが、その時の経験からだいぶ広島という土地とだいぶ親和性が高くなれたように勝手に思っています。


教会の子どもたちも一緒に広島まで新幹線で行き、泊まりこみで勉強会?と合宿をして8月6日に備えていました。
資料館の見学なども同時に行っていました。

引率の立場だったので少々責任が重く、正直、まっすぐな気持ちで祈るような余裕はなかったのですが(50人以上の大所帯だったので食事の用意をするたけで一苦労です)、一つだけ今も強く印象に残っていることがあります。

それは、被爆者の男性のお話を実際に聞いた時のことです。

その方のプライバシーの問題もありますので詳細は省きますが、8月6日にご自身が経験したことを語って下さいました。
その方はお話のプロという訳ではなかったようなのですが、1時間ほど私たちのために時間を割いて一生懸命に話をして下さっていました。

…なんですが。

何だか私は、失礼かもしれませんが、途中で妙な違和感を感じたのです。


最初はそれがなぜなのか分からなかったのですが、そのうちに気がつきました。

「この方の体験談というよりは、第三者のような目線で語られている」と。

でも今なら私にも理解できます。

「人はあまりにも受け入れがたい出来事があると、防衛機制が働くのか慣れていくのか、自分が経験したことのように語らないようにするのかもしれない」ということが。

(私も、その昔に自分が体験したショッキングな事件を語るとき、あの時の広島市民ののように他人ごとのような話し口になっていると気がつきました)


当時は原爆投下から60年ほど立っていたはずですが、「原爆とは、長い年月を経てもなお、身体の負傷だけでなくこんなにも心に影響を及ぼすものなのか」という事実を目の当たりにした気持ちでした。

それでも勇気をもって私たちに語って下さったあの時のおじいさんには感謝してもしきれません。

勇気をもって、若い世代のためにご自身の体験をシェアしてくださって、ありがとう。


そして、話は変わって今日の出来事。


Twitter上では数々の祈りの言葉があがりました

その中にいくつか「加害者である日本が被害者ぶって…」というような言説の言葉を見かけました。

「被爆者の被害者意識が政治利用されてきた」というようなことも…

恐らくは、日本人であるアカウントによって。


私は考えます。

第二次世界大戦の被害者とは、加害者とは一体誰のことなんだろう、と。

ほぼ全員が、加害者であり被害者であったようにしか思えないんです。


正直私は、特段に愛国心が強い方ではないです。

何なら移民として受け入れてくれる国があるなら日本人でなくなってもいいと思うくらいには、現在の日本という国のあり方に絶望しています。


それでもね。

被爆者に対して祈りを捧げる日に、戦争で死んでいった日本人たち、または、今生きている日本人に対して、日本人として生きている人が「被害者ぶる」などと言うのは…一体何なんだ?

どこの地獄だ?

正直に言って、やり場のない怒りと悲しみを感じました。

そんな風に先祖のことを断罪できるようなあなたは、一体どんな立派な人間なのか?

皆流されやすくて世論に簡単に影響されるような「普通の人間」だっただけなんだよ。

勿論それは、当然戦争に乗じて様々な蛮行をしていい理由と免罪符にはならないとしても。


そういう言葉が出る人は、当時の日本の為政者とも、原爆を落とすことを決定したアメリカ人のトップたちとも、「欲しがりません、勝つまでは」などと熱り立って戦争への道へ突っ走っていった当時の国民とも、精神的に根っこは変わってないと感じます。

加害者と被害者の線引きを、個々の基準で国ごとに勝手に決めてる行為は同じ。

結局は、みんな憎しみを利用されているだけなのに。


一度戦火の中に放りこまれてしまったら、あとは被害者と加害者が決められるまで、焼き尽くし殺しあうしかなくなる。

その本質は現代も何一つ変わっちゃいない。

戦勝国とスケープゴートにされた国=被害者で、敗戦国=加害者ということになるのが戦争の本質なんだ。


起こってしまった戦争というものをもっと多面的に見た方が良いと思う。

なぜなら、今もなお世界中で何かしら「奪うための理由」をつけては戦争が起こっているから。

それは、誰がしているの?


私には第二次世界大戦下の日本と現代のイスラム諸国の立場が、非常に酷似しているように見える。

これも「日本人の被害妄想だ」ということになるのだろうか。

私と同じように、敗戦国日本で生まれ育ち、日本語で教育を受けてきたであろう人たちによって。

(戦勝国のヒトたちから見たら、なおさらかもしれない)


誰一人、戦争で死んではいけなかったし、殺してはいけなかったんだよ。

それは、日本人も日本人以外にもあの戦争に携わった全員に言えること。


でも、当時「戦わない選択肢」なんて、日本という国に残されていたのだろうか?

そこは私は非常に疑問に思うところです。


このままいくと日本人は真っ先にまた同じ歴史を繰り返すのではと、私は懸念しています。

だから度々「第二次世界大戦下の日本人とメンタリティ変わってないよ」と言っています。


もう二度と、自らの憎しみを、虚栄心を、利用されてはいけない。

戦わない。
奪わない。
奪われない。

日本人はそのための知恵をつけるべきなんだと思います。


「過ちは繰り返しませんから」


…本当に?

それは、誰の、誰に対する過ちなのか?

そのことを、私たちはよくよく考える必要があると思います。


私は、学生だった当時に被爆して至るところに火傷を負ったという、広島の被爆者のおじいさんの淡々とした語り口と虚空を見つめる虚ろな目を思い出しながら、圧倒的暴力を目の前にして動けなくなってしまった人の生き様に思いをはせながら、かつて日本軍が占領したこともあったというマレーシアの地で、すべての戦争被害者の為に祈ります。

そして「今もなお戦争を欲する人の渦から逃れ現代で生きていくために、奪われないし奪わないと決めた人たちと手を取り合って助けあえるように知恵をお貸しください」と語りかけてみようと思います。

2016年7月30日土曜日

ある日のひーちゃん 土日の方が大変編

いやーとにかく大変でした。
子供達の昼寝タイムに更新してます。

少し前まで細かく千切られたティッシュが床一面に散らばりすごいことになってました。

私が2度目の洗濯物を干している間に起こった出来事です。
OMG

今日の次女…
キッチン台に登ろうとしたり、たたんだ洗濯物をガッサーと棚から投げ落としたり。
塩を手にとってなめようとしたり、アイロン(もちろんスイッチは入ってないけど)で遊ぼうとしたり、トイレットペーパーで遊ばせろと泣いてトイレの前で抗議したり…

ゲッソリ

当然のことだけど、次女と非自閉症児の遊び方にはだいぶギャップがありましてな…
豪快かつ猛スピードすぎるんですわ。

もう怒鳴るなという方が無理です!

「ゴラァァァ!それに触んなあああ!」

なんてね…893もびっくり…


今日は1分に一回くらい次女に対して、「それやめて!ストップ!」とか言ってしまってた気がします。

さっさと外に遊びに行った方がよかったんですが、外にいったら行ったでけっこう困るんですよね…


おかん業は土日の方が本当に大変。

つ、つかれた。ほんとうに疲れた。

特に体と声帯が疲れた。

そうめん食べたい。ゆっくり寝たい。

ていうか、今日は何もご飯を作りたくない…

子どもの昼寝タイムが私のつかの間の休息。

みんなが起きたら力をふりしぼって出かけよう。


それではみなさん、また♪

2016年7月29日金曜日

命の価値判断とは

こんばんは。

このところずーっと相模原障害者施設殺傷事件のことでモヤモヤざわざわしていたので、今日はそのことをテーマに記事を書きます。

信じがたい事件の凄惨さに最初は言葉が出ませんでしたが、ちょっとずつ言葉にできてきたような、できてないような…

とりあえず、様々なSNSなどを見ていると何だか議論の方向性が「障碍者の存在価値の有る無し」になってきて、私はもう「ちょっと何言ってるかわからない」状態です。

なんでそんなことを他人にジャッジされないといけないのか?

私の立場は自閉症スペクトラムの診断を受けた次女の親であり支援者なので、立場的にも心情的にも到底受け入れられないですし、正直、怒りを通りこして気持ちが悪くなったのですが、しかしよくよく思い出してみると「健常者」の価値判断の残酷さと差別性にはこれまでに散々出くわしてきたのでした。

「あなたには価値がある」

「あなたには価値がない」

健常者障碍者関わらず、そんな勝手なジャッジを、人間に対する値踏みを、日常的に誰かが誰かにしている。

そんな世界に私たちは生きています。

私自身も無意識のうちに、どこかで誰かにやってしまっている気がします。

そのことを突きつけられたような気がして、また、子どものことで周りから受けた様々な暴言を思い出して、昨日今日は呼吸もままならなかったです。

「障碍者はいなくなった方がいい」

今まで殺されこそしませんでしたが、オブラートに包んだ状態で、様々な投げかけ方で、それは今までに日常的に私たち親子にぶつけられてきました。

そして一つ思い出したことがあります。

私たち親子と少し関係性が遠い人ほどフラットに関係性を築けたり身になるアドバイスをくれることが多く、逆に関係性が近い人、近親者ほど理解や思いやりのない言葉を吐いたり、背景をよく知らないまま施設に入れろだの(実の父に言われました)、療育にもっと力を入れなさいだの、「普通であること」を諦めないでだの、タオさんがしっかり育てなかったから次女ちゃんを自閉症にさせたんだだの言ってきたりしたなって。

まぁ確かに私もめっちゃ頑張り屋さんてことはないしすぐへこたれるタイプなので、そこを指摘されてきたのかもしれませんが、

当時の私はそういった言葉を間に受けすぎて、「自分(母親)に原因があるから次女が自閉症になってしまったんだ」と自分を責めたり、ぶっちゃけ「次女を連れて今死んでしまおう」と思いつめた日もあります。

今はぜんぶ

「勝手なこと言わないでください」

で済むことなんだなと吹っ切れてしまいましたが(笑)


彼らはよくよく突き詰めて考えてみると「自分に迷惑をかけるな」以上の意味のあることを言ってないか、「次女や子どもたちのためを思って言ってあげてる」と本気で信じて疑っていないけど、実はその言葉に潜む自らの差別性と加害性にまったく気がついてないか、もしくはそのどちらもか…

そもそも障碍者支援や発達障碍への行政の対応や療育についてあまりよく知らないか、なまじ知識があっても当事者性のない立場から言ってる。

実際に取り組むのは私だし。そして次女だし。
かかるお金を出すのも私や元夫。

ってことは、
「あなたたち基本的に関係ないやん」と(笑)。


それに療育やリハビリで何が上手くいくかなんて取り組んでみないと分からないことだらけで、そもそも「上手くいく」(この言い方もよくよく考えてみると「健常者様」目線のすごい勝手な評価ですが)保証もない。

ほとんどのケースの発達障碍は脳由来のもので、訓練で克服できることもたくさんありますが、どうにもできないこともあるんです。

いずれにせよ私だけが自分のあり方を猛省して自分自身を鞭打ってもあまりいいことはない、と気がつきました。
今できることをやるしかないです。


しかしながら、何よりもまず私が反省するべきことは、そういった近しい他人の勝手な言葉を内面化して、「自分が何とかしなきゃ」と背負いこみ、すぐ隣にいる「自分が何ともできない」特性をもつ次女に「勝手に憎しみを抱いたこと」だと、自分に対して思います。

次女にしてみたらたまったものではないよね…
本当にごめんなさいと思います。


そう気がついてからは、ほんの少しだけ、本当に少しだけですが、肩の荷を自分で降ろせたような気がしました。

私の場合はですが、よく考えたら、次女と生活すること自体のストレスだけならそんなにないんです。
対応次第で手放すことが可能なものも、よく考えてみるとたくさんありました。

結局私が苦しんでいるのは、社会との折り合いのつけ方と、私自身の差別性だったのだなと思いました。


次女がこの先何かに一番苦しむとしたら、私や近しい人が、次女の特性のことでイライラしたり思いつめたりして、結果的に彼女に当たってしまう時ではないかなと思います。

他は今のところ概ね幸せそうですよ(笑)   多分ですけど。

次女は時々私から見てよく理由が分からないまま泣き叫ぶことはありますし、特性ゆえに迷惑をかけてしまうことは確かによくありますが、彼女自身のしたことで誰かを不幸にしたことも酷く傷つけたことも、私が知る範囲では今のところはありません。


「彼女が生きてて何か悪いことあるの?」

心からの疑問と怒りをこめて、そう思います。

事件の容疑者だけではなく、障碍者とカテゴライズされている人の存在価値を勝手に決めた人すべてに。


そして最後に、一番言いたかったことをまとめさせて頂きます。

私がもう一つ思ったことは、相模原のみならず障碍者施設の職員の方たちは、親の私と同じように「健常者」目線の社会から「障碍者を何とかしろ」と言うような無茶な押しつけをされてきていなかったかということです。

そしてそこに集って生きる障碍者の方たちも、社会から勝手な価値判断のジャッジを受けてそこにいるのではないだろうか。

身近な支援者の方たちも、社会と障碍者の間に生まれる軋轢に疲弊しきって、障碍者施設に家族を送ったけど、社会全体で障碍者の方の居場所を広くつくっていたなら、隔離された施設という空間に家族を送らなくても済んだのではないだろうか。


私は単純に「社会が悪い」と言って済むような問題ではないと思ってます。

障碍者だって人間。
障碍者の親兄弟だって人間。
障碍者施設の職員だって人間。
そして障碍者の事情を知らない社会に生きる人たちも人間。

みんな完璧にはなれないし、聖人君子ではない。

それぞれそこで生きてみないと分からない実情、利害や感情の問題も確実にあります。

杓子定規に「差別をやめよう」と言ってみても解決できない現実が立ちはだかっていることは、私もよく知っています。


それでも。

「せめて、他者への値踏みを、存在についての価値の有る無しを、勝手に決めるのだけは
まず止めませんか?」

と言いたいのですよ。

それは、あるがままの自分自身がこの社会で生きていくことを良いことなんだと認めることにも繋がります。

それだけでだいぶ生きていきやすい社会の土台が出来上がるのではと思います。


いまやどこもかしこも戦場のような社会なので、机上の理想論かもしれませんが…

格差があった方が都合がいい立場の人もたくさんいますしね。


それでも私はさ、

「この世界に生まれてきた人すべてが、喜びや楽しさ、ハッピーな要素を手にできる社会の方がいいに決まってるやん?」

って思いますよ。


それは誰かを貶めたり損を強いたり殺したりしないと実現は難しいことなのでしょうか?

今改めて、いろいろな人と一緒に、考えてみたいところです。

2016年7月26日火曜日

本音いろいろ

どこまで行こうと一対一の人間関係でしかない。

親と子といえど。

子どもが発達障害を抱えていようと、そうでなかろうと。


子どもたち一人ひとりと顔をあわせて、目を見つめてそう思う。


いつも近くにいるから、お腹を痛めて産んだから、

時々子どもを自分の分身のようなものと錯覚してしまいそうだけど、


違うんだ。

この子たちは、私とは別々の個体で、別々の人生を歩んでいく一人の人間なんだった。

責任感とか、心の余裕のなさとか、そういうもので頭がいっぱいになると、そういう基本的なことを忘れそうになるな。


私はこの子たちにどう生きていってほしいんだっけ?

そうそう、生まれてきた楽しさを全身全霊で感じとって生きていってほしいから。

そうなれるように、大切な人と一緒にそうなれるように、今がむしゃらに育ててるんだよ。

あくまで今はその途中。まだ始まったばかりなの。

すぐに結果を求めないことだよ。


みきよ、もうあんたが良いお母さんじゃないことくらい、この子たちは見抜いてるじゃないか。

完璧にやろうったってそもそも無理なの。

気に病むだけ勿体ないの。

子どもの人生は子ども自身のものなの。あんたのものじゃないの。

子どもがやってみたいこと、やりたくないことは、子ども自身が決めるの。


心の中の自分にそうやって定期的に語りかけないと、ほんとにそれを見失っちゃうなぁ。


世のお母さんお父さん、子どもの人生、支配しようとしてませんか?

私はしてしまってる時あるなぁ…

うん、次女に関しても長女三女に関しても、そういう時ある。

清々しいくらい無駄なのに(笑)  色々な意味で。



私にはきっと、子どもたちの枝葉をそぎ落とすことなく、枝葉が伸びたいところに伸びていけるように見守れる忍耐力が必要なんだ。

気がついたら私、けっこうつまらないこと言ってるしなぁ。

他人に嫌われることを異様に恐れて生きてきたからかもしれないな。

普通にのびのひ生きてたら、結構な割合の人に嫌われるもんな。


ってことは、次女なんかは、人に嫌われるのが普通のような気もする。

私だって家に次女と対面でいる時、めっちゃしんどい時あるし。

彼女は妙に気を使わないから居心地いい時もあるけど、危ないことしたり部屋を荒らしたりすることもあるから、まぁケアをしようとしたら、そりゃしんどいやな。


逆に私も次女が感じてるしんどさを理解できないんだから、お互い様というか、そこに良いも悪いもないわな。

当たり前のこと。


しかしながら、今日は眠くて眠くて仕方ないから、考えるのをいったん休めと誰かに言われてる気がするな。

休もう。そうしよう。


まぁこんな日もあります。オチはないですw

ある日のひーちゃん 経済飯屋さんにて

今日は次女と三女とともに、近所の経済飯(通称エコノミーライス。好きなおかずを好きな量とることができる仕組みの、安いビュッフェのようなもの)屋さんにお昼ご飯を食べに行ってきました。

3人分たっぷりご飯とおかずを盛って、ドリンクも頼んで18リンギットほどです(現在のレートで480円ほど)。

貧乏母子家庭にはありがたすぎる!
。・゜・(ノД`)・゜・。

写真撮っておけばよかったな〜 本当に美味しいんですよ!
まぁ、またアップしますのでよろしくお願いします。


次女ひーちゃんの食べ物の好みは、ちょっと変わってます。

プチトマトやケチャップなどの酸味を感じられるものや、レモン・オレンジ・ライムなどの柑橘系が好きなようです。

添えてあるレモンやライムとかをずーっと口の中で味わってたりするんですよね…

味覚も一般的な同い年の子どもの好みとちょっと違うのかなーと。
まぁビタミンを多くとってくれそうでいいなと思うんですけどね。


しかーし!

ケチャップをずっと指にとって舐め続けるのはなんかちょっとな…と母は毎回思うのです_| ̄|○

今日もつい皿に盛られたケチャップを反射的に取り上げてしまったんですが、そしたらもう大号泣。
店の中全部に響く大音量の次女の泣き声。腹筋使いすぎじゃい。

さすがの大らかなマレーシア人の皆様もびっくりしてこっちを見ますよね…。
もう気にしいの私はもう、変な汗が出続けます。


でもそんな時の対処方法として、タオは韓国海苔を持参していた!

次女は一秒で泣き止んだ!

いくらなんでも早すぎだろ(笑)


このように何かしら次女が私にとって「止めて欲しいと感じる行為」をした時、他に注意を引くのが一番うまくいきます。

韓国海苔の効果は絶大っすね。
しょっぱいのも好きなんやね。ふむふむ。よかった。


しかし三女も同じく韓国海苔好きなので、またテーブルで戦争になりましたが…

モウヤメテー


そして喧嘩になりながらも三女の食事が終盤にさしかかった頃。
ある程度お腹が満たされた次女が席を離れてウロウロし出しました。

これも私にとっていつも頭が痛い次女の特性なんですが、最近は他のテーブルの人や食べ物にちょっかいを出さなければうるさく言わないようにしました。

なんか私が追えば追うほど遠くに行こうとします…私が気を張ってるのが分かるから緊張するのかもですね。
叱れば勿論逆効果だし…


マレーシア人の皆さんは、そんな次女を温かくニコニコしながら見守ってくれるのが大変ありがたいです。
私は内心ハラハラしながら横目で姿を追うのですが、最近は彼女も一応目の届く範囲で探検してます。

不思議な距離感を保っているよなぁ。

他の自閉症スペクトラムの子もこんな風なのかなー


さて、そうこうしているうちに三女が食事を終え経済飯屋を後にする時に、またしてもなぜか次女の号泣スイッチが入りました。

毎度のことながらさっぱり原因がわかりません!


もう私も限界がきてイライラしてしまいそうになりますが、ここでいったん深呼吸。

ハンカチを取り出して次女の涙をふきつつ、視界を覆います。

最初は泣いて拒否してふり払う次女ですが、目隠しを繰り返すうちにだんだん落ち着いてきます。

はい、泣き止んだ…!よっしゃー!!


最近この方法がよく効きます。

視界を遮って、ハンカチの模様に注目を集めさせる感じなんですが。

ダメな時はダメなんですが、焦らずに呼吸を合わせるのがポイントですね。


そうこうしてるあいだにタクシー到着!
ドライブ中に外の景色を見つめるのが好きな次女は、車の中でケロッと機嫌を直しました。

一体なんやったんやろヽ(´o`;)

まぁ、そんな我が家のいつもどーりのお昼の風景でした。



追記)

こういう時もご飯さえあればご機嫌でいてくれる三女でありがたいんですが、帰り道隙を見て「あいしゅくりーむ、たべたいな♪」とかねだってくるので、なかなか侮れないですよ…

ノリでつい買ってあげてしまいました…/(^o^)\

まだまだ私も甘いです。

ある日のひーちゃん トイレットペーパー編

皆さんこんばんは。


突然の愚痴ですが、
最近の我が家は、日中シャワールームを閉鎖しています…

その理由は、次女ひーちゃんがトイレットペーパーをシャワールームで水に溶かしてびりびりにする遊びにハマり出したからです。ギャース。

次から次へと、色々繰り出してくるな〜!/(^o^)\


何度も似たようなことを言いますが…

彼女に「勿体ない」という概念は通用しないのです。
そして、一度怒られたから次はしないという反省も、彼女の辞書には存在しない…!

今までどれだけのトイレットペーパーや石鹸、シャンプー、ティッシュ、重曹…が犠牲になったことか。

私も四六時中次女の行動を監視するとか無理なので、気を抜いた時に次女はやらかしてくれますね。

なので、少しのあいだシャワーとトイレの部屋は鍵ありでいってます。
おむつ外しもいったん休む。
私の精神とトイレットペーパーのストックがもたない!


つくづく思うんですが…

自閉症スペクトラムの子が何かに没頭する様を見ていると、「感覚」と「時間の流れ」の捉え方が私と違うんだなぁと思います。

ずーっと同じことをしていても飽きないし、ひたすらトイレットペーパーをくっつけて手の先の感触を楽しんでる。

それが楽しいんだろうなぁ。

なんか、私も次女のように誰のことも意に介さず自分のしたいことに没頭して生きたいなぁとか、一周まわって憧れたりもします。


トイレットペーパーで拭く動作をした時もあったんですけどね。
「おお!!それそれ!!」と思ったんですが…
まさかそっちの遊びにハマるとはな〜…

なんならおしっこで濡らして遊ぼうとしますね…

それはやめてくれえぇ…(脱力)


ほんとに、私が思いもよらない世界を次から次へと見せてくれるひーちゃんですが、もうなるべく外に連れ出して遊ばせるが吉だなと母は思います。

読んでくださってありがとうございます♪

2016年7月25日月曜日

脱・料理ができない我が家

こんばんは!

最近は子どもたちの好物、焼きそばをよく作ってます。

値段も安いし時間かからないし野菜もたんぱく質もとれるし後片付けしやすいし3人全員食べるし、
焼きそばってなんて優等生なんでしょう。


最近になるまで私は、ほんっとに料理をしてませんでした。

なぜって…

次女が台所を荒らすからです!!!!


調味料を舐め散らかし、塩や砂糖や醤油や蜂蜜などを床にぶちまけ、生米を食べ、冷蔵庫を開けっぱなしにし、中身を食べ荒らし、玉ねぎや卵で遊ぶ…

私がトイレに行ったり他の家事をしてる隙にそういうことをやらかすので目が離せない…
まぁ離してるからそうなるんですけどね!

しかしながら何度私に怒られてもやろうとします。
三食おやつを与えていてもそんな感じなのです…


そう、一度目について気に入ったものには何度でも向かっていく。それが自閉症なのです…

その情熱はすごいと思うけど、お母ちゃんはたまったものではないよ!


ちなみに冷蔵庫にも戸棚にもストッパーをつけたんですが、見事に5歳児の腕力で二つとも破壊してくれましたね。
Oh my GOD


これじゃ本当に何もできないなぁと一時期は思いつめて鬱になりかけてました。


その結果。

「病むくらいならいっそ、基本的に全部ご飯は外注して、家では調理の必要ないものばかり食べよう!」

などと考えた私は、マジでずっと外食生活で数ヶ月やり過ごしました。


それが本当にできちゃうのはマレーシアだからですね。
それでも毎月の食費3万円くらいで済んじゃいました。

あれは本当に助かりました。
毎日がストレスの連続でしたから…

ありがとう安くて美味しい食事を提供してくれたマレーシアの皆さん!



とはいえ…
私本当は意外と料理は好きなんですよね。

決して上手とは言いがたい腕前ですが、いつもストレス解消の一環として料理をしたりしてました。

なので、それが出来ないストレスというものがあるんだなと、数ヶ月料理しない時期を経て改めて思いました。


以来、ちょっとずつ料理を再びするようにしました。

(ただ単に気温が暑すぎて料理をする気になれなかったというのもありましたしw
ちょっと涼しくなった今は、まさに料理に適した時期です)



さて。家庭料理を再開するにあたって私がしたことは以下の通り。


1.鍵つきの部屋に常温保存OKな食料を貯蔵

2.冷蔵庫は料理の時以外は完全に密封(テープなどを使って)

3.料理を作るあいだはシッターさんに子どもたちの面倒を見てもらう


たったこれだけ。

でも、超ストレスフリーになりました!


料理が楽しい!

ゆっくり作りたいものを作れる!

料理してない時間帯も少し次女から目を離しても心配ナシ!


一気に心が楽になりました…
カレーとか和食セットとかオムライスとか、どんどん作りました。


先にも述べた通り、自閉症スペクトラムの人は一度目について気に入ったものに執着してしまうので、興味を示さなくなるまで彼女の視界からなくすという手段をとるのが、身近な養育者がストレスなく向き合うことを感覚がたら、一番手っ取り早い方法の一つだと考えました。

それなりに不便はあるんですが、一時的には仕方がないと思って私はそう対処してます。


3については、自閉症の子どもでなくても料理するあいだ自分以外の誰かが子どもの面倒を見てくれていたら、料理をする人は落ち着いて食事づくりに集中できていいんじゃないかなと思います。

そもそも子どもの面倒を見ながら食事をつくるとか、物理的生物学的に不可能だと私は思ってます(^_^;)
目が4つくらいついてたらいいのになと、何度思ったことか…

いつ頃から、親(というか主に母親)は一人で子どもの面倒を見ながら食事を作るもの、みたいな風潮が出来上がったんでしょうね。
子どもが大きくなったら可能だと思いますが、幼児期は危ないし、それが当たり前としない方がいい気がしてます。
(今現在子育てしつつ料理を作ってる親御さんを責めてるわけではないですよ!社会的に、お母さんが子どもの面倒みながらも全部料理を作るのが当たり前となっている部分をちょっとずつ変えていけたらいいなと思うだけです。


まー外で安くて美味しいローカルグルメを堪能できるのは幸せなんですが、やはり家庭の味もちゃんと子どもたちに味わわせたいし、自分の食べたいものを自由に作れるのって幸せなんだなぁと思うようになりました。



追伸:ひーちゃん、醤油は舐めなくなりました。たったそれだけのことが私にはありがたいです。

そうだよひーちゃん、醤油は確かにおいしいけど、それ以外にももっと美味しいものはこの世にあるからね。醤油おいしいけどね。うん。

2016年7月24日日曜日

夏休みの旅行に。初めての子どもの飛行機搭乗対策まとめ

(※2023年6月追記。私がこれを書いた当時、タオ家の子どもたちは自閉症スペクトラムの診断を受けてはいましたが、比較的旅に慣れた子どもだったのだと現在思うようになりました。
 故に、他害行動があったり変化に敏感でパニックになる特性をお持ちのお子さんと親御さんにとっては、この記事はあまり参考にならないかもしれないと思うに至りました。親がよかれと思って与えるもの(刺激)が、よりパニックを引き起こすこともありますよね…
 もし既に私の記事を参考にして下さったのにうまくいかなかった方がいらっしゃったら、大変申し訳ありませんでした。お読み頂く際は上記前提でお願いします。)


こんばんは。
夏休みが始まる頃ですね。

タオにも夏休みがほしいところですが、いかんせん親にとっては夏休みとは忙しさ倍増のシーズン。

さてどうしようか…まぁやるしかない。
頑張れ私!!


さて。この時期、ご家族で旅行を計画されておられる方が多いですよね。

今日は、初めて飛行機で遠出するお子さん連れの皆さん向けに、長時間のフライト対策や「これあるとよかったよ」という便利品を紹介します。

参考に出来そうな部分だけでも参考にしていただけたら嬉しいです。


【その1.飲食物でちまちま時間をかせぐ】

お子さんによるとは思いますが、タオ家の子どもたちはフライト中はいかに食べものを食べさせるかでフライト中の機嫌がかなり変わりました。

ですので、飛行機搭乗日はタオ家もおやつ大解禁して振舞っちゃうことにしてました。

ここでポイントは一食一食を少なめにとどめること。
そしておやつはなるべく糖分控えめのものを意識し、糖分高めのジュース類は最後の方の手段にします。
飛行機を降りた時に「頑張ったご褒美」という約束にしておきます。

ジュース以外も、糖分多い食べ物はやはり無駄にエネルギー有り余っちゃいますんでね…
食事の合間におやつを小出しにしながら乗りきりましょ
う。



【その2.✩必殺✩新品のおもちゃ】

これはどこの家庭のお子さんでも殆ど既知のあるあるですが、やはり幼児は新しい遊びを夢中でやってる時は時間を忘れますよね。

必要経費だと思って、ちょっとしたおもちゃを買っちゃいましょ!パーっとね!ね!

旅先でお子さんが失くしにくい、小さすぎないものがいいと思います。
タオ家の子どもたちの幼児期は遊べる絵本なんかよさげでした。

与えるのはそれぞれの体調と機嫌を見ながらが良いと思いますが、うちは飛行機に乗って席についてからがベストタイミングでした。
席に着いてからジャジャーン!とやりますと大盛り上がりです。(※声のトーンは気をつけましょね!)

パペットは(うちの子たちには)特に大受けでした。
私は恥の概念を大空に捨て、持参した猫パペットで別人格を演じ、いい子で乗り切るように子どもたちに促し励まし続けました。
声色も思いっきり変えました。新しい自分との出会い〜旅の恥は掻き捨てver. 〜です。
隣の席のお姉さんにも笑われて羞恥心が大爆発しましたが、ええんですよ…いい子効果が得られたらそれでええんです。でも恥ずかしい。
(※子どもによります。大滑りするリスクもあります。)

タブレットをお持ちのご家庭は、新しいビデオをダウンロードしたりすると簡単に時間潰せてgoodですが、皆さんご存知の通り、酔わないように休み休み見ることをお勧めしたいです。
飛行機搭乗中の子どもの嘔吐は、周りの乗客の皆さんや添乗員の方たちに迷惑をかけない為にも最も避けたい…よね!エチケット袋が席にあるかも確認しましょ!



【その3.防寒・体調と環境の変化対策に便利グッズを】

飛行機の空調が効きすぎて寒いということは結構よくあります。(冬期は暖房きいてることが多いですが)
ブランケットやストールなどをいつでも出せるように常備しておくの、地味に大事でした。

LCCじゃない航空会社ならブランケット出してくれますが、エア○ジアなどのLCCではオプション扱いです。

あとネックピロー。フライト時間が長い場合はマストアイテムだなと思いました。子どもたちもLet's ネックピロー!

そして耳栓!
気圧変化によって耳が痛くなっちゃうお子さんは、気圧調整をしてくれる耳栓を用意しておくと便利です。
使ってみて思いましたが、効果侮れないです。あるのとないのでは全然違いました。

オンラインショップでよく見るのはサイレンシア・フライト・エアーとかイヤープレーンなど。
Sサイズもあり、お子さんにも使っていただけます。
(アフィリエイトサイトではないのであえてリンクは貼りませんが、検索したら出てくると思います。広告にも出るかも?)

我が家は最初のフライトで思いきって家族全員分買い揃えました。大成功でした。当時の価格で800円くらいしましたが、これで耳が痛くて号泣させるような惨事を防げるならむしろ大特価。
アマゾンなど通販でも購入できますし、なんなら日本の空港でも売ってたりします。

ただ、あまりに赤ちゃんな年齢のお子さんだと、手で跳ね除けちゃうかもしれませんね。そしてどこかに転がって見えなくなっちゃった…みたいな。
そのあたりは悪しからずご了承ください…

あとアイマスクも意外と役立つのね〜と実感しました。
子どもははずしちゃうけど、オモシロイ目とか書いてあるとわりと子どももCAさんも笑ってくれたりするので、
時間稼ぎとウケ狙いにぜひどうぞ!(使用用途がどっか行ったな)



【その4. 基本中の基本、着替えやおむつはすぐ出せるように、タオル、ティッシュ、ウェットティッシュ、ごみ袋を手持ちの荷物に。2倍量で!】

幼児あるあるですが、信じられないレベルでめっちゃ服を汚しますよね。

特に飛行機の中では確率が2ー3倍になるのは、これまでの私の経験から言って気のせいではないと思うのです…
「やべえ。替えの服がもうない…」が起こってしまうと、降りるまで半裸のワケありのキッズになったりします。ヨクナイね。

フライト中に飲み物や食べ物をこぼしたりとかおむつが足りないとかなると、もう悲惨です。ヨクナイね。

そんな訳で、機内に持ち込む手持ちバッグにはいつもの2倍の着替えとおむつ、タオル、ティッシュ類を常備しておくくらいがちょうどよかったです。フライト時間にもよりますが、2倍必要です。2倍量がポイント。



【その5. [番外編]幼児とのしりとりや古今東西ゲームはわりと盛りあがる。】

3歳くらいになるとこういう頭をちょこっと使うゲームが面白いらしく、意外と時間をつぶせました。

延々と続いたりすると、そのうち船を漕ぎだしたりしてね。かわいいね。

ただ、親(私)も相討ちになったりするので、カフェイン摂取して睡魔と戦ったりしました。
一人だったらさっさと寝ちゃうんですけどね。
子連れ搭乗中はそういうわけにもいかない。

ま、本気のしりとり・古今東西ゲームはけっこう侮れないな、楽しんでくれるんだなと実感した話でした。(逆に日常的にやってるご家庭のお子さんは逆にすぐ飽きるかもしれないです。)



こんな感じで、目新しいアイデアではないのですが、数時間は親子共に周りのお客様と一緒にやり過ごすしかないフライト時間、なるべく楽しく機嫌よくすごしたいですよね。

どうしても周りの目は気になってしまいますし、狭い機内で迷惑をかけたくないという思いで搭乗する気持ちは、ご家族連れで飛行機を利用する殆どの人が経験することと思います。

予想できるリスクは全て避けた上で、準備万端の状態で安全にフライトに臨めるように、心から願っております。

Have a nice trip!

2016年7月22日金曜日

最近何となく考えていること

どこまで行こうと一対一の人間関係でしかない。

親と子といえど。

子どもが発達障害を抱えていようと、そうでなかろうと。

子どもたち一人ひとりと顔をあわせて、目を見つめてそう思う。


いつも近くにいるから、
お腹を痛めて産んだから、

時々子どもを自分の分身のようなものと錯覚してしまいそうになるけど、危ない。


違うんだ。

この子たちは、私とは別々の個体で、別々の人生を歩んでいく一人の人間なんだった。

責任感とか、心の余裕のなさとか、そういうもので頭がいっぱいになると、そういう基本的なことを忘れそうになる。危ない。


私はこの子たちにどう生きていってほしいんだっけ?

そう自分で問いかけてみると、

「生まれてきた楽しさを全身全霊で感じとって生きていってほしいから」

これ以上の答えが思い浮かばなかった。


そうなれるように、やがてこの子たちにできる大切な人と一緒にそうなっていけるように、今がむしゃらに育ててる。

あくまで今はその途中。まだ始まったばかり。

今すぐの結果を求めないこと。


みきよ、もうあんたが「良いお母さん」じゃないことくらい、この子たちは見抜いてるじゃん。

完璧にやろうったってそもそも無理なのよ。

気に病んでも時間と気力が勿体ない。


そもそも子どもの人生は子ども自身のもの。
あんたのものじゃない。

子どもがやってみたいこと、やりたくないことは、子ども自身がちゃんと決めてくよ。



…なんて、心の中の自分にそうやって定期的に語りかけないと、ほんとにそれを見失ってしまいそう。


世のお母さんお父さんは、ぶっちゃけ、子どもの人生、支配しようとしてませんか?

私はしてしまってる時あります…
次女に対してだけでなく、長女三女に対してもそう。


そういうのって、清々しいくらい無駄!
わーん\(^o^)/全方位にごめん!!
支配欲の発露はエネルギーの無駄!!


今の私にはきっと、子どもたちの成長の枝葉をそぎ落とすことなく、枝葉が伸びたいところに伸びていけるよう見守れる忍耐力が必要だと思う。

気がついたら私、けっこうつまらないこと言ってる。

この前も、私自身のしんどさに耐えかねて子どもたちに「そういう勝手なことしてると周りの人に嫌われちゃうよ!」って口をついて出てしまう時があった。

なんてつまらない、ちっとも本質を見てない叱り方。
叱ってると言うより、もはやただの言いがかり。
自分でもびっくりした。
そもそも「周りの人」って誰なんだよ。


咄嗟にこんな言葉が出るってことは、私が他人に嫌われることを異様に恐れて生きてきたのかもしれない。

実際、普通にのびのひ生きてたら、結構な割合の人に嫌われるものだよな。

それも実は別に悪いことばかりじゃないということは、自分自身の体験を通して学んでいくものだと思った。


ブログを書きつつ、色々と、徒然なるままに考える日々です。

ま、ぼちぼち頑張りましょか。
子どもたちも、もっとマイペースで歩んでもらったらいいや。

(追記: 2023年6月現在、タオ家キッズのマイペースは続いてますが、なんだかんだタオみきは母親としてこのペースは保った方がいいなと思っています。周りと常に比べられながらだと、きっとこうはならなかったはずと思いました。)

【ご挨拶】ブログリニューアルしました。

こんばんは。
桃(タオ)みきです。ブログリニューアルしました。

日本は夏休みに入るシーズンですね。

我が家もそうなんですけど、親にとっては長いですね夏休みって。
気力体力めっちゃ消耗する気がしてます。



さて、このブログでは、自閉症スペクトラムの診断を受けている我が家の次女ひーちゃんと、長女なぎさんと、三女つーちゃんと、シングルマザーのタオみき一家が送る海外生活(主にマレーシア)を綴っていきます。

日々あった出来事の日記とともに、自閉症についての分析と可能性を探る内容にしていけたらと思ってます。

というか、ブログの引っ越しをしすぎて、読んでくれてる皆さんを振り回して申し訳なかったです。
すみません。

(もうちょっと勉強します!)


さて、現在はマレーシアに住んでいるタオ一家ですが、いずれはどこかに移るかもしれません。

でもマレーシアはいいです。
良くも悪くもゆるゆる。でも時々ジェットコースターのような生活を送れますw

特に私たちが現在住んでいるペナンという地域柄がいいのかもしれません。


生活費も今のところは安い。(安く済まそうとしたら、ですが)
子どもたちの英語もゆっくりですが身についてきたし、色々な民族性と文化に触れることができるこの街が好きです。


ただ、今後はどうなっていくか分からないですけどね。

各種ビザ申請が厳しくなってきてるし、今一時的に円高でも今後は恐らく変わっていくだろうし。


ぶっちゃけ、タオ家も戦々恐々ですよ…

なんてったって我が家は、
経済的にアレだからマレーシアに来た
側面もあるので。

日本では経済的に困窮していましたが、こちらでは切りつめていなくても心穏やかに生活できることが魅力です。

お金の面だけじゃなくて…
私自身、日本以外の国の療育に興味があったのです。

次女に対する声かけも、なるべく英語でやっていこうと考えています。
ただ、私自身が日本語しか主に流暢に話せないので、そのあたりは手探りですが。


方針をビシッと固めてお子さんの教育に臨むお家とは対極にいるような、ゆるすぎのタオ家なんですが、
せっかくマレーシアにいるので、色々と挑戦していきたいと思ってます。


このブログが少しでもどなたかの役に立ったり、元気な気持ちになるきっかけづくりになることを願います。

改めまして、皆様、どうぞよろしくお願いいたします。