こんにちは。久々の更新です。
毎年やってくるこの日。
71年前の広島に人類史上初の原子爆弾が落とされた日に寄せて、今日は思うところを書いてみたいと思います。
私は10年ほど前になりますが、毎年8月6日の日に合わせて広島市で行われる平和式典に参加していた時期があります。
私はキリスト教信者の家に生まれたのでその流れでご縁があったのですが、その時の経験からだいぶ広島という土地とだいぶ親和性が高くなれたように勝手に思っています。
教会の子どもたちも一緒に広島まで新幹線で行き、泊まりこみで勉強会?と合宿をして8月6日に備えていました。
資料館の見学なども同時に行っていました。
引率の立場だったので少々責任が重く、正直、まっすぐな気持ちで祈るような余裕はなかったのですが(50人以上の大所帯だったので食事の用意をするたけで一苦労です)、一つだけ今も強く印象に残っていることがあります。
それは、被爆者の男性のお話を実際に聞いた時のことです。
その方のプライバシーの問題もありますので詳細は省きますが、8月6日にご自身が経験したことを語って下さいました。
その方はお話のプロという訳ではなかったようなのですが、1時間ほど私たちのために時間を割いて一生懸命に話をして下さっていました。
…なんですが。
何だか私は、失礼かもしれませんが、途中で妙な違和感を感じたのです。
最初はそれがなぜなのか分からなかったのですが、そのうちに気がつきました。
「この方の体験談というよりは、第三者のような目線で語られている」と。
でも今なら私にも理解できます。
「人はあまりにも受け入れがたい出来事があると、防衛機制が働くのか慣れていくのか、自分が経験したことのように語らないようにするのかもしれない」ということが。
(私も、その昔に自分が体験したショッキングな事件を語るとき、あの時の広島市民ののように他人ごとのような話し口になっていると気がつきました)
当時は原爆投下から60年ほど立っていたはずですが、「原爆とは、長い年月を経てもなお、身体の負傷だけでなくこんなにも心に影響を及ぼすものなのか」という事実を目の当たりにした気持ちでした。
それでも勇気をもって私たちに語って下さったあの時のおじいさんには感謝してもしきれません。
勇気をもって、若い世代のためにご自身の体験をシェアしてくださって、ありがとう。
そして、話は変わって今日の出来事。
Twitter上では数々の祈りの言葉があがりました
その中にいくつか「加害者である日本が被害者ぶって…」というような言説の言葉を見かけました。
「被爆者の被害者意識が政治利用されてきた」というようなことも…
恐らくは、日本人であるアカウントによって。
私は考えます。
第二次世界大戦の被害者とは、加害者とは一体誰のことなんだろう、と。
ほぼ全員が、加害者であり被害者であったようにしか思えないんです。
正直私は、特段に愛国心が強い方ではないです。
何なら移民として受け入れてくれる国があるなら日本人でなくなってもいいと思うくらいには、現在の日本という国のあり方に絶望しています。
それでもね。
被爆者に対して祈りを捧げる日に、戦争で死んでいった日本人たち、または、今生きている日本人に対して、日本人として生きている人が「被害者ぶる」などと言うのは…一体何なんだ?
どこの地獄だ?
正直に言って、やり場のない怒りと悲しみを感じました。
そんな風に先祖のことを断罪できるようなあなたは、一体どんな立派な人間なのか?
皆流されやすくて世論に簡単に影響されるような「普通の人間」だっただけなんだよ。
勿論それは、当然戦争に乗じて様々な蛮行をしていい理由と免罪符にはならないとしても。
そういう言葉が出る人は、当時の日本の為政者とも、原爆を落とすことを決定したアメリカ人のトップたちとも、「欲しがりません、勝つまでは」などと熱り立って戦争への道へ突っ走っていった当時の国民とも、精神的に根っこは変わってないと感じます。
加害者と被害者の線引きを、個々の基準で国ごとに勝手に決めてる行為は同じ。
結局は、みんな憎しみを利用されているだけなのに。
一度戦火の中に放りこまれてしまったら、あとは被害者と加害者が決められるまで、焼き尽くし殺しあうしかなくなる。
その本質は現代も何一つ変わっちゃいない。
戦勝国とスケープゴートにされた国=被害者で、敗戦国=加害者ということになるのが戦争の本質なんだ。
起こってしまった戦争というものをもっと多面的に見た方が良いと思う。
なぜなら、今もなお世界中で何かしら「奪うための理由」をつけては戦争が起こっているから。
それは、誰がしているの?
私には第二次世界大戦下の日本と現代のイスラム諸国の立場が、非常に酷似しているように見える。
これも「日本人の被害妄想だ」ということになるのだろうか。
私と同じように、敗戦国日本で生まれ育ち、日本語で教育を受けてきたであろう人たちによって。
(戦勝国のヒトたちから見たら、なおさらかもしれない)
誰一人、戦争で死んではいけなかったし、殺してはいけなかったんだよ。
それは、日本人も日本人以外にもあの戦争に携わった全員に言えること。
でも、当時「戦わない選択肢」なんて、日本という国に残されていたのだろうか?
そこは私は非常に疑問に思うところです。
このままいくと日本人は真っ先にまた同じ歴史を繰り返すのではと、私は懸念しています。
だから度々「第二次世界大戦下の日本人とメンタリティ変わってないよ」と言っています。
もう二度と、自らの憎しみを、虚栄心を、利用されてはいけない。
戦わない。
奪わない。
奪われない。
日本人はそのための知恵をつけるべきなんだと思います。
「過ちは繰り返しませんから」
…本当に?
それは、誰の、誰に対する過ちなのか?
そのことを、私たちはよくよく考える必要があると思います。
私は、学生だった当時に被爆して至るところに火傷を負ったという、広島の被爆者のおじいさんの淡々とした語り口と虚空を見つめる虚ろな目を思い出しながら、圧倒的暴力を目の前にして動けなくなってしまった人の生き様に思いをはせながら、かつて日本軍が占領したこともあったというマレーシアの地で、すべての戦争被害者の為に祈ります。
そして「今もなお戦争を欲する人の渦から逃れ現代で生きていくために、奪われないし奪わないと決めた人たちと手を取り合って助けあえるように知恵をお貸しください」と語りかけてみようと思います。
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