2019年2月21日木曜日

今日のひーちゃん 居住スペースを考える編

このシリーズずっと書いてないわと気がついたので、久しぶりに綴ります。

赤裸々に書きますが、現在母親(私)が精神的肉体的にしんどすぎて、「ひーちゃんの養育権を放棄したい…」という気持ちがしばしば頭の中をチラついてます。

睡眠不足と家にいるときは常に奇行をしないかと神経使っているので、ヘビーなストレスが解消しきれないでいます。

虐待で脳が変形するとは聞いたことあるけど、親の私の脳の方がダメージ受けている気がしますが…
母親のそういうSOSは、なぜか見逃されがち。
カサンドラ症候群ってそういう感じ…

さて、ひーちゃん 現在7歳。
相変わらず言葉は何一つ話さず。
おむつ、なかなかとれません。
(なのにすぐ脱ごうとするわ、そのわりにトイレに行く気はないわ…トイレトレーニングの強化の必要性を感じます)

奇行が酷くてママはうつ気味です。

今、一番の悩みの種は、鉛筆を食べようとすること…
この特性について調べたときに目にしたのですが、なんか自閉症の症状の一つ?で美味しく感じる子もいるらしーです…まじかよ。

長女と三女も勉強したり絵を描くので、我が家から鉛筆を全撤去するのは無理だし、今のところ何も解決策がないです。

「ワサビとか唐辛子塗ったら?」ってアドバイスされたこともあるんですけど、うん、うちの次女には効力なかったんですね…
一旦おえってなるんですが、それでもかじる。

ものすごい鉛筆への執念だなぁおい!

こんな感じなので、もう時々「ひーちゃんだけ別の家に住んでくれない?」などと呟きたくなる毎日です。

だってな、鉛筆だけでなく様々なものが破壊されるんですよ…心荒んでいます。
知的障害のある自閉症ってそういう人が多いとは聞くのですが、しょっちゅうトイレットペーパーや歯みがき粉、食器用洗剤などの日用品をめちゃくちゃにするので(隠しても探しあてるぜあの野郎…)、もうなんか「無理だな」って毎回思います。

ぶっちゃけ私の中では、居住スペースを分けるのは完全に「アリ」だと思っています。
正確には、家族全員の居住スペースと、私や長女三女が寛げる次女立ち入り禁止ゾーンを作るといった感じ。

もちろんネグレクトになっては本末転倒なので、保護監督出来るシステムを構築しないとなんですが、「養育者や家族がストレスで潰れるよりは、適度な距離をとれる居住スペースを作り、お世話してくれる人員を増やした方が平和なのでは?」…なんてことを考えています。


上記のアイデアはあくまで私自身の理想ですが、今のままの近すぎる距離感は、私とひーちゃんお互いにとっても不健康な感じがしていて、長女や三女にも良い影響は与えられていないと感じてます。


ということで、先々真剣に「居住空間を分けるプラン」を考えて実現してみようと考えています。
その様子もメリットデメリット含めて記録していきます。


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気になる人、会員になってください。

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2016年9月23日金曜日

ある日のひーちゃん ぷにぷにごつごつ編

皆様こんばんは。

今日は久しぶりにひーちゃんシリーズを書かせていただきます。


タオ家の次女ひーちゃんは現在5歳ですが、いまだに赤子の時と変わらないのではと思うほど、とてもぷにぷにしています。

手と腕、おなか、ほっぺた、ふくらはぎ…
ありとあらゆる部位がぷにぷにしています。

肥満という訳ではありません。
でも、何かの成分によって、彼女のありとあらゆる部位がぷにぷにしていることは紛れもない事実。

なんなんだろう…このぷにぷにの正体というか成分は…


もういっそのこと、

握手会的なものを設けて、全世界の皆さんに次女のぷにぷに具合を披露したいほどです。


さすがに虐待じみてるのでやりませんけど、ぷにぷに具合を共有したくなるほど次女はぷにぷになんですよ…


そして時々、次女はまるで自分のぷにぷに具合を自覚して自慢するかのように、私にくっついてきてはありとあらゆる部位をぷにぷにさせていきます。

例に出すと、抱きついてほっぺたをぷにぷにくっつけてきたり、自分の二の腕を私の腕にぶにぷにくっつけてきたりします。


嗚呼、自分に語彙が足りなくて上手く説明ができないのがもどかしいですが、ほんとにそうとしか言いようがないんです…!

まぁそんな感じで次女のぷにぷにはわりと幸せにしてもらっていたんですが、ちょっと最近様相が変わってきたんですよね…


何が変わってきたかというと、

硬度と激しさと勢いが増して、ゴツゴツしてくるようになってきたんですよ…


顎とか超いたいし。

ぷにぷにしてても骨はわりと硬い。
さすが健康優良5歳児。


そんな感じでぷにぷによりもごつごつ感が増してきた次女に対して私は
「すっかり成長したよなぁ」としみじみするのですが、

最近はすっかりしみじみ通りこして、

「いたい!?マジやめて痛い!!やめろ!!!痛いと言うとろうが!!!」と、
マジギレしております。

大人気ないです。はい。


いやでもほんとに下手したら打撲させられる勢いでごつごつしてくるので、真面目にどう対応するべきか考えてます。

ふつーに、
「No! Stop it!」と言えばちゃんと伝わるんですけどね。

そこまでやるとスキンシップ通りこして痛いんだと、自分のさじ加減と感覚で覚えるためにはやはり繰り返し伝えるしかないか。


長女と三女にもなるべく言葉で伝えるように促してます。

長女はたまにマジギレ&武力制裁する時がありますがw、まぁそれも一つの姉妹間の学びですね。

でもそういえば、ひーちゃん三女にはごつごつしないんですよね。
三女がすぐブチギレるからかもしれないんですが(つよい)、小さい子には激しいスキンシップをしない、彼女なりの計らい?かもしれません。


「実は色々考えてるよねぇ君」と、スヤスヤ寝ている次女のほっぺをぷにぷにする夜でした。

2016年9月19日月曜日

子どもの遊びと教育について真面目に考えてみた

はい、こんにちは。
今日に限らずいつも真面目なタオです。

突然ですが、皆さんのご家庭はネットやゲームに関するルール、どうしてますか?

私自身は長女が生まれた頃は、「どうせいずれハマることになるなら、禁止とかせずにそれなりに寛容に与えていこう」派でした。

私自身は、ファミコンやスーパーファミコンを一通り小学生の頃に網羅し、中学生になる頃には飽きてあまりやらなくなったので、うちの子達も気が済めばそのうち止めるだろう、と。


だけど、子どもが成長するにつれ考え方はだいぶ変わりました。

「幼児期〜小学生期にゲームやネット漬けになるのはヤバい」

いやね、多分少しやるくらいなら全然差し支えないと思うんですよ。
だって大人もやってるのに、なんでダメなの?って話ですよね。

でもね。それが日常的になると、確実に思考力や想像力は育たなくなると感じてます。

うちの子は特に次女だけでなく全員に自閉傾向が見られるので、もうアカンです。
めっちゃ際限なくなる。


なので、2年前からルールを設けました。

「スマホもタブレットも、基本的に私(ママ)のもの。
私が許可した時だけYouTubeを見たりアプリをしてもいい。」

「ただし1日30分以内、それもいつでも許可するとは限らない。
守れなかったら1ヶ月間禁止。」

お子たちにはこのルールを守っていただいてます。

こうでもしないとキリがないのですよね…


でもそれ以来、他の遊びが増えましたし、何より言葉数が格段に増えました!

人間って小さい頃は良くも悪くもやることなすこと何でも吸収するんだなぁと、驚愕します。


しかしこれ、まだマレーシアだから何とかなってる部分が多い気がするんですよね。


日本にいる日本人の、私の子持ちの友人たちの話をたまに聞くと、

「日本での子育て、無理ゲーですやん…」

としか思えないんですよ…!


子育てしてる日本人のあいだでよく聞く問題。

「ゲームの話題についていけないと友達と遊べない」

「プリ●ュアのグッズやお菓子をスーパーに行くたびにねだられる(カードを集めてるとか…)」

「LINEのグループで仲間はずれにされるいじめがある」

とかさ…


先に述べたように、我が家は経済的にも子どもたちの特性的にも子どものおもちゃとかネット環境は制限せざるを得ないんだけど、そうすると日本では普通の人間関係を築くことすら難しくなるらしい。

うーん…


なんだか、幼児期や小学生、中学生という貴重な子どもの時期に、考えることがそればっかりって

あまりにも時間やお金や自分たちのエネルギーがもったいなくないだろうか?


世界にはワクワクすることがたくさんたくさんある。

人は知識や経験をたくさん吸収して、生きていくための知恵を築いていける。

その可能性を制限してしまっているように感じてしまう。


なんだろうな、多分ゲームにしても他のおもちゃにしてもSNSにしても、それ自体が悪いものではないと思うんですよ。

どれもより良く活用できるならそれだけで存在価値がある。

と、思う。
少なくとも私自身はそう考えてます。


多分だけど、

ゲームも他のおもちゃもSNSも、経済の道具になることが目的化しすぎて、本来の価値や面白さが見えにくくなっている

のではないかなぁと。


まぁどこの国でも多かれ少なかれそういう部分でつまづいてますけど、

日本は似非資本主義社会だから、この状態を脱するのは他国より難しいと思います。


それでも、もう少し社会全体で教育についてとか次世代に何を残せるか、真面目に考えるべき時に来ている気がします。

2016年9月16日金曜日

夜遅くに子どもが居酒屋にいることは悪いことなのか考えてみた

私たちがマレーシアに住み始めて2年が経ち、家族で行くお気に入りの場所がたくさんできた。

観光客も多い地域に住んでいるので、ちょっとした良い雰囲気のテラスバーなどがたくさんある。

夜、外食に行った帰りに、その数あるバーの中の一つに寄るときがある。
子どもたちはアイスクリームとジュースを、私は生ビールを頼む。
スタッフが満面の笑みで挨拶し、私たちの席に注文した品を運んでくれる。
お会計は全部で30リンギット(800円くらい)以下。

とてもご機嫌なまま家族でタクシーで帰り、みんなで歯磨きして眠りにつく。

タオ家の月に一度の特別な贅沢である。


私がビール一杯ほどではまったく酔わないのと、治安がかなり良いエリアでしかも知っている顔がたくさん見られるから、安心してこういうことが出来る。

このあたりは22時や23時になってもモールで子ども連れの家族がたくさん歩いている。

それはある意味、社会に対する信頼でもあると感じる。


もし私が日本で同じことをしたらどうだったろう?」と、ふと考えた。

「子どもを1人で夜連れ歩くなんて」は言われただろう。
「しかもお酒を飲むなんて」も言われそう。
「貧困とか言ってるのに贅沢してる」もありそうだな。

ましてやここマレーシアでの行動となったら、
「外国でそういうことするなんて不用心!なんかあった時に責任取れるの?」

これも言われそうだ。
これは近所のマレーシア人のおばちゃんにも言われそうだが…
まぁおばちゃんは私の母親的立ち位置なので別にいいw


さて。

紹介はしないけど、今日Twitterであるツイートを見かけたことがきっかけで、私はこの記事を書くに至った。


「夜22時の居酒屋で子連れの母親に喫煙を注意された」というような内容のツイートだった。

万単位でリツイートされていた。

それに加えて、

「夜22時に子どもを連れて飲み歩いてる方がおかしい」
「居酒屋なのに喫煙者を注意する方がおかしい」

そういったリプライ(エアリプ含め)が多数ついていた。


まあほぼ全部正論だなぁと思った。

私は昔居酒屋で働いていたこともあり、「うん、居酒屋で喫煙を注意されるとはまさか夢にも思わなかったでしょうね」とも思った。


なんだけど…

本題からそれるんだけど、

「日本とマレーシアの状況、社会としてどっちが私にとって居心地がいいかといったらマレーシアの方だなぁ…」


そんな確信が、私の中でますます強まった。


前述の通り、このあたりでは22時過ぎても家族連れがショッピングモールなどをよく歩いている。

家族規範が強いこともあり、母親と子どもだけで夜行動するということも滅多にない。
(パッと見回してもうちくらい)
あったとしても、親戚や友人たちと大勢で食事に行っている。

そして「子どもが行けないような飲食店」があまりない。
あるとしたら、ナイトクラブとかホテルのバーくらいだと思う。


何が言いたいかというと。

先のツイートのような居酒屋で22時過ぎて子どもを連れた母親が〜みたいなこと、そもそもこちらでは起こりようがないのだ。


そもそも誰も隣のテーブルのことにいちいち目くじら立てない。
他人の子どもが何時にどこにいようといちいち咎めたりしない。
喫煙者にもいちいち注意したりすることもない。(そもそも屋内の飲食店では喫煙しないし、灰皿を置いてある飲食店は屋外かバーくらい)


なんて快適なんだ!

男女も老若もなく、みんながいるのが「普通」の社会。
誰もいちいち干渉したりしない。

(宗教的な規範からどの民族がどの店に行きやすいとかはあるけど)


「子どもが街中にいることが普通」な社会が、こんなに健全で暮らしやすいとは日本にいた時私は気がつかなかった。

だからこそ、私は子どもをここで育てたいと思うのだ。


勿論、子どものうちに夜更かしが習慣付くのは良いことではないと思うけど。

「いちいちあれがダメこれもダメと言い合ってる日本語社会、全然ハッピーじゃないし、可能性をまったく感じないな…」

ということを悲しみとともに改めて思った。


日本がどう変化していくのが良いかなんて、今更私には皆目見当がつかないけど

「もー少し余分なルールを取っ払った方が幸せにやっていける人が増える気がするなぁ」
とは思ったりする。

2016年9月13日火曜日

自閉症児ひーちゃんをマレーシア人はどう見ているか

人目をとっても気にする日本人。
実際、私自身もかなりの気にしいです。

日本にいる時私は、ひーちゃんの一挙一動人からどういう風に見られるだろうかと、正直かなり気にしていました。

スーパーやショッピングモールで、急に走り出したりジャンプしたりぐるぐる回ったりするたびに、大げさでなく私は気が狂いそうでしたね。

「うわあー!!ひーちゃんやめてーっ!」
…などと叫びそうになったことは星の数ほど…

なんか今となっては懐かしいですよ。


さてさて、マレーシアに来てから、そういった私の「人目が気になる」症候群は劇的に改善されました。

多分ですがマレーシア人の、

「他民族には干渉しない」
「子どもにはみんなで温かい眼差しを注ぐ」

スタンスに大いに救われているんだろうなぁと感じます。


同じコンドミニアムの中華系のおばちゃんなんかはけっこうグイグイきてくれますけどw、それでも不快にならない程度の心地よいあったかい距離感です。

次女が走り回っていても温かく見守りつつ、おやつくれつつw、ダメなことをしようとした時は叱ってくれたりする。

ほんと感謝としか言いようがないです。


そして日本に住んでいた頃は、外出する時かなり緊張してたんですけど、今はかなりテキトーです。

テキトーすぎて自分でもどうかと思うくらい…

勿論最低限のルールやモラルは守ってますけど、この上なくリラックスして外を闊歩しています。


次女はぱっと見であまり自閉症児だと分からないみたいなんですが(マレーシア人の友人知人いわく)、自閉症児と知ってる人たちも良い感じに「ほっておいてくれる」のが、私にはとても心地よく感じられます。

でも必要な情報とか助けはさりげなーくくれたりする。

すごいなぁ、私もその能力ほしい。
なんて思いますねw


在住の日本人の友人もみんな、すごくフラットに次女に接してくれてるし…

しつこいくらい言うんですけど、なんかやっぱりここに来てよかったな、幸せだなとよく思います。


勿論のこと、ここマレーシアでも自閉症スペクトラムの診断を受けている人は老若男女いらっしゃいます。

自閉症児を持つマレーシア人の親御さんたちもやはり私と同じように悩んでいますし、子どもの将来を不安に思っています。

だけど、マレーシア人は家族親戚地域のコミュニティで助けあって何とかしていくんじゃないかな、という気がしてます。


例えば、自閉症でなくても、日本とマレーシアでも何らかの特性や障碍を持つ人の社会の位置づけ(弱者とされていること)自体はそんなに変わらないんですが、そもそも社会のあり方や前提が違うんですね。

例えば日本で言う「一般」というようなぼんやりした概念は、マレーシアにはありません。

また、特性や障碍をもった人たちを社会から排除するのではなく、「誰かのサポートが必要な存在」であり「当たり前に『いる』存在」という認識を、心の片隅にたくさんの人がもっています。

変に美化する訳ではないのですが、どういうことを「そういうもの」だと人々が認めているかで、社会のあり方は大きく変わってくると思うのです。


正直に言いますと、私は日本で次女を育てている時に感じていたことは、

【何かしらの特性をもっている=社会では邪魔になる、特化した能力がある人のみ認められる】

そんなプレッシャーでした。

そして自分も、そういう価値観を内面化していました。


日本人全員がそう思っている訳ではないことは勿論承知の上ですが、実際の私の生活は毎日そんなプレッシャーにさらされていました。

少しずつ神経がすり減っていき、本当に気が狂いそうでした。


それが劇的に楽になったのは、多様性を受容して絶妙なバランスで色々な人たちが共に生きるマレーシアで暮らしているからです。

それはまぎれもない事実であり、やっぱり色々な人がいる社会の方が住みやすいなと改めてそう思います。



【追記】

日本でも自閉症児のサポートや療育など手厚い地域はあるようですね。

今の私がまだまだ情報不足なため、何も情報提供はできませんが…
この場でも、色々共有していけたらいいなと思っています。

2016年9月6日火曜日

このブログのコンセプトについて考え直してみた【ゆるく募集】

突然なんですが、私がこのブログを始めた頃、

「何の変哲もない、むしろ底辺層とされる平凡なシングルマザーが、ふつーの自閉症の子どもを、マレーシアで育ててるとこんな感じで〜す」

…みたいな実録日記を書いていくコンセプトでいこうと思ってたんですよね。


身近な感じがした方が親しみやすく感じてもらえそうだし、そのまんまうちの日常を書いてしまえ。と。


しかしだ。

自閉症の子ども と シングルマザー。
(しかも母親はTwitterで好き勝手言ってる自称アーティスト(うさん臭い))

そのこと自体がすでに「変わってる一家」枠に入ってしまってることに、ついこの間ある人の指摘によって気がつきました。


自分の思ってたんと違った!!!

そうか、平凡枠からはすでに外れてしまってるのか!!!

だから平凡な日常をアピールしてもいまいち面白くないのかーーー!!!


自分のことって、客観視出来ないものだな…としみじみ再確認しましたね。

自称アーティストがうさん臭いのは自覚できるのになw


ということで、今後も変わらず、非日常っぽい我が家の日常ネタを開き直って投下して行こうと思います。


そこで。

いつも読んでくださってる皆さんに、「自閉症の子どもについてこんなことを知りたいよ」とか、「海外(マレーシア)生活でこういうことを教えてほしい」とか、そういうのがあったら聞かせてもらいたいなぁと思った次第です。

リクエストをコメント欄に残していってもらえたら喜びます。

すべてに応えられないかもですが…なるべく書き応えるつもりです!


2016年の9月いっぱいまでは受けつけさせていただきますので、どうぞお聞かせください♡

よろしくお願いしま〜す!

2016年9月5日月曜日

ある日のひーちゃん おむつ脱ぎたがる編

すでに5歳となった我が家の次女ひーちゃん。

彼女、実はまだおむつです…

排泄する感覚はわかるみたいで、3〜4歳くらいの時は「出る!」という時に泣いてました。
もしくは事後wにクレーン行動(私の腕を引っ張って自分のしてほしいことを伝えようとする行為)で呼んでくれたりしてました。

「あの時期にトイレトレーニング頑張っておけばよかった…」と、後悔するばかりのタオです。


しかし、最近!

ひーちゃん、少しおしっこが出たりした時に自分でおむつを脱ぐようになったのです!

やったーーー!\(^o^)/


これはおむつはずしのチャンス到来か!?と思いきや…

脱いだら脱ぎっぱなしで、トイレで出すという習慣には馴染まないんですよ〜…


お陰さまで、おむつがなくなるわなくなるわ…

ひーちゃん、マレーシアもあまりおむつ安くないねんで!?( ;  ; )

ちなみにXLサイズ28枚でRM34くらい(今のレートで900円くらい)です。
1週間もちません。うう。


まぁしかしせっかくなので、これを機に再びサボりすぎた次女のトイレトレーニングを始めてみようかなと思ってます。

我が家はタイル床なので失敗しても掃除がしやすいのはいいし、シャワートイレしかないのでやりやすいんですけども。

恐らくものにするまでかなり根気がいるよなぁと。
なかなか長い道のりになりそーだなと、母ちゃん今からビビってます〜


でもまぁ、小学生になるくらいにおむつとれたらいいかな、みたいな気持ちもあり。
あまりそのへん気負ってません。


また経過報告しますね〜
1年後くらいに完璧にトイレ習慣が身についたら褒めてくださいw

幼児用おむつでなく、介護用おむつを使わないといけない年齢に差し掛かってきたら、さすがにもう少し考えます…